「運転するな」「免許返納しろ」…じゃあ、高齢ドライバーはどう移動すればいいのか? 制度なき“正論”が生む交通弱者という構造的孤立
見えぬ需要が招く空白

打開の手段が存在しないわけではない。
・地域単位での乗り合いタクシー
・ボランティアによる移動支援
・小型電動車両を用いたカーシェアリング
・需要に応じた運行が可能なAIオンデマンドバス
といった選択肢は、すでに各地で技術的には実現されている。しかし、これらの手段が局所的な実証実験や短期事業にとどまっているのは、技術力や需要の問題ではなく、根本的には、行政による持続的な運用設計と、それを支える財源の欠如に起因する。
移動支援サービスを制度として組み込むには、初期投資や車両維持費に加え、
・運行オペレーション
・保険・事故対応
・ドライバー育成と確保
・システム管理
・住民参加の仕組み化
といった複合的な設計が求められる。だが現状、それらは自治体の属人的な担当者に丸投げされているか、単年度予算の枠内で消化されるべき補助金案件として扱われている。こうしたつなぎ型の対応では、中長期的な自立運用は期待できない。
加えて、地方の交通問題は、財政分配の構造上、優先順位が上がりにくい。移動手段の整備は、教育・医療・福祉に比べて「支援が必要な人」が制度上で可視化されにくく、また即時的な成果指標を設定しにくい。結果として、選挙や政策評価で点数化されにくい分野となり、政治的関心も集まらない。こうした見えない需要に対しては、国の交付金制度も有効に機能しない。
民間企業が介入しにくいのも、この分野の特徴だ。高齢者中心の地域では購買力が低く、移動の需要はあっても採算は合わない。全国に先行事例があるにもかかわらず、それが広がらないのは、成功するモデルが経済的に評価される仕組みが存在しないためだ。つまり問題は、制度的に支える仕組みの不在なのだ。
今後求められるのは、移動支援を高齢者福祉や医療政策の一部としてではなく、
「それ自体を独立した社会機能」
と認識し、持続可能なインフラとして位置づけ直す視点である。そのうえで、移動の確保を都市計画や地域医療と統合的に設計し、財政支出の対象として制度化する必要がある。生活の継続に直結する移動手段を、自治体ごとの善意や地域の連帯感に依存させる時代はすでに終わっている。