コンコルドはなぜ消えたのか? マッハ2の夢の終焉! 燃費3倍と「ソニックブーム」の壁とは

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大西洋を3時間半で横断した“空のロールスロイス”──最速マッハ2.04の超音速旅客機コンコルド。2003年の退役から20年、約300万人が搭乗した幻の名機は、なぜ現代に継承されないのか。映画『エアポート’80』に描かれた夢と、現実の経済的限界を読み解く。

巡航速度はマッハ2.04

コンコルド001 1969年初飛行(画像:Andre Cros)
コンコルド001 1969年初飛行(画像:Andre Cros)

 コンコルドは、英国のBAC(ブリティッシュ・エアクラフト・コーポレーション)と、フランスのシュド・アヴィアシオン(後のアエロスパシアルの前身)などが共同で開発した超音速旅客機である。「Concorde」という名称はフランス語で調和や協調を意味し、英仏両国の協力関係を象徴していた。

 製造されたのは、試作機や試験機を含めて20機。1969年3月2日に初飛行に成功した。その後、1976年1月21日に、エールフランスとブリティッシュ・エアウェイズの2社が定期便として商業運航を始めた。

 この英仏協力体制は、単なる技術連携にとどまらなかった。当時米国が構想していた超音速旅客機計画に対抗する意図もあったとみられている。

 コンコルドの巡航速度はマッハ2.04(約2,179km/h)。この速度性能によって、ロンドン~ニューヨーク間をボーイング747の約半分の時間で結んだ。商業運航された民間旅客機としては、当時も今も、史上最速である。

 一方、ソ連が開発したTu-144も存在した。1977年11月から1978年6月にかけて、モスクワ~アルマアタ(現・カザフスタンのアルマトイ)間で商業運航を55回だけ行った。しかし、技術的な課題や信頼性の問題により短期間で終了している。

 結果的に、長期にわたり定期商業運航を実現した超音速旅客機はコンコルドだけとなった。

 機体は細長く、流線型の胴体と三角形のデルタ翼を持ち、尾翼はない。独特なフォルムをしている。機首は可動式で、滑走時には下を向けて操縦視界を確保し、巡航時には上げる構造だった。この外観は、空力と速度性能の両立を追求するなかで生まれた。

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