「安易な登山」は本当に自己責任なのか? 「救助費用は全額自己負担」は正論? “自己責任論”の裏に潜む国家の資源選別問題とは

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富士山の登山規制が強化され、2025年5月から登山者に入山料4000円を課す新条例が施行される。背景には、無制限な救助体制に対するコスト負担の問題がある。登山者が救助費用を自己負担すべきか、公共インフラの持続可能性を考える議論が深まっている。

公共インフラの再設計論

 須藤市長の発言は一見、個人の責任を問うように見える。しかし実際には、国家の資源の使い方を考える提案だ。つまり、

「公共のインフラは、すべての人に、すべてのことに提供されるべきか」

という大きな問題が、今、登山というテーマで問われている。

 日本ではすでに、さまざまな公共サービスが採算を理由に閉鎖されてきた。過疎地の病院が閉まったり、高齢者が通院できなくなったりする一方で、無謀な登山のために数百万円もかかる救助費が使われている。このことに、現地の住民が疑問を持つのは当然だ。

 これは倫理の問題ではない。資源が限られているなかで、国家がどのように判断するかの問題だ。交通政策や医療政策と同じように、線引きをする問題だ。つまり、登山救助の有料化は、公共の名前で私益を排除することでもある。

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