「安易な登山」は本当に自己責任なのか? 「救助費用は全額自己負担」は正論? “自己責任論”の裏に潜む国家の資源選別問題とは
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救助コストを無視する観光自由

「どこにでも行ける」
「何でもできる」
その時代が来たことで、移動の自由は大きく広がった。しかし、同時にインフラに大きな負担がかかるようになった。観光地の混雑や、オーバーツーリズム(観光公害)による環境の破壊と同じように、登山もまたその自由の影響を受けている。
富士山の場合、登山の自由は保障されているが、閉山期という「ルール」が形だけになっている。特に冬の登山は、専門的な技術や装備が必要にもかかわらず、旅行感覚で登る人が多い。そのなかには、地域社会や日本語が不安な外国からの登山者も含まれている。
こうした行動が引き起こす救助要請には、消防や警察、自衛隊など、国家のインフラを使うことになる。しかし、登山者はそのインフラに対して何の負担も責任も持っていない。これはもはや、持続可能とはいえない状況だ。
登山家の野口健氏はX(旧ツイッター)で、
「やっと当たり前の事を言ってくれる首長さんが現れました。この議論は長年、タブー視されてきたように感じます。ハッキリといいますが救助費用は全額自己負担にすべき」
「あまりに安易に救助ヘリを要請する無自覚登山者が後を経たない。また、山岳保険というものが存在している。大学の山岳部に入部した時の合宿に参加する条件の一つに山岳保険に入っているか、というのがありました。ヒマラヤでは、警察のヘリがレスキューに来ることはまず見ない。基本、民間ヘリです。当然ながら全額自己負担です。レスキュー隊も命懸け。レスキューヘリが救助活動中にプロペラが岩に接触し墜落してしまう事故は日本でもネパールでも発生しています。「命懸けのレスキュー」という事を想像すら出来ない残念な登山者がいるのです。また、何故にそういう輩のレスキューのために税金を使うのか。納税者は本気で怒った方がいい。レスキュー費用は全額自己負担にするべき。それによって芽生える自覚もあるでしょう。結果、登山者の命を救う事にも繋がります」
と持論を展開している。