ブラジルのフラッグキャリア「ヴァリグ航空」はなぜ破綻したのか? かつては日本~ブラジルを24時間で運航、その栄光と悲劇を振り返る

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ヴァリグ・ブラジル航空は、かつて世界でも有数の長距離路線を持ち、日本とブラジルを24時間で結んでいた。しかし、経営不振と競争の激化により、2004年に撤退してしまった。歴史あるフラッグキャリアの消滅は、航空業界の厳しさを物語っている。

テロ後の航空路線激変

2977人が死亡した9月11日の同時多発テロ。人類史上最悪のテロ攻撃だった(画像:rds323)
2977人が死亡した9月11日の同時多発テロ。人類史上最悪のテロ攻撃だった(画像:rds323)

 2001年に発生した同時多発テロは、ヴァリグ・ブラジル航空の日本路線に深刻な影響を与えた。その理由は、経由地が米国のロサンゼルスであったためだ。

 米国を経由する際には、一度入国してから出国する必要があるが、テロ事件以前は便名が通しで、機内で待機するだけで入国手続きは不要だった。この特例はヴァリグ・ブラジル航空のブラジル線にも適用されていた。

 しかし、同時多発テロ以降、この特例は撤廃され、必ず入国手続きをしなければならなくなった。そのため、主な顧客であるブラジル人の出稼ぎ労働者は、米国のビザを取得する必要が出てきたことで、米国経由での帰国や出国を避けるようになった。結果として、日本からの直行便の需要は大幅に減少した。

 ヴァリグ・ブラジル航空はスイス経由での運航を検討したが、認可を得ることができなかった。そのため、最終的には2004年に日本から撤退することになった。

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