ブラジルのフラッグキャリア「ヴァリグ航空」はなぜ破綻したのか? かつては日本~ブラジルを24時間で運航、その栄光と悲劇を振り返る
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ヴァリグ・ブラジル航空は、かつて世界でも有数の長距離路線を持ち、日本とブラジルを24時間で結んでいた。しかし、経営不振と競争の激化により、2004年に撤退してしまった。歴史あるフラッグキャリアの消滅は、航空業界の厳しさを物語っている。
ブラジルの空を制した老舗

ヴァリグ・ブラジル航空は1927年に創業した、ブラジル最古の航空会社であり、世界でも屈指の老舗である。第2次世界大戦後、ブラジルの経済が成長するにともない、同社のネットワークも拡大した。国内線だけでなく、南米各地、北米、欧州にも路線を広げていった。
1961年には、同国最大のライバルであったREAL航空が経営難に陥ったことを受けて、その航空会社を買収した。この買収により、ヴァリグ・ブラジル航空はブラジルのフラッグキャリアとしての地位を確立し、リオデジャネイロとサンパウロを拠点に、世界各地への路線展開を行った。
1997年10月にはスターアライアンス(同年5月設立の世界初の航空会社連合)にも加盟し、同アライアンスにとって初めての途中加盟会社となった。これはANA(1999年10月加盟)よりも早い加盟だった。ヴァリグ・ブラジル航空は、
・B747
・B767
・MD-11
など、時代ごとに最新の大型機材をそろえ、1990年代まで航空業界のブラジルを代表する存在であった。
実際、同社の機材は歴代のブラジル大統領やサッカー代表チームの輸送にも利用された。また、1994年に事故で亡くなったF1ドライバー、アイルトン・セナの遺体の搬送にもヴァリグ・ブラジル航空の機材が使用された。