昭和の風物詩「社員旅行」 令和の今こそ復活すべき? 90年代初頭はなんと9割の会社が実施していた!
個人主義が生んだ名門の破綻劇

1987(昭和62)年1月5日付の『朝日新聞』朝刊に掲載された「会社人間お断り」という記事では、林原という企業が日本的な集団主義を完全に廃止した例として取り上げられている。林原は、トレハロースやインターフェロンの開発で当時世界的なシェアを誇る優良企業だった。記事は、当時の林原健社長(当時)への取材を通じて次のように伝えている。
「「会社人間になってほしくない」とこの44歳の社長は言い切った。新しい時代に応じた「新型社長」である。社歌や社訓、社員旅行、家族ぐるみの運動会などは一切行わない。社員に愛社精神も求めず、個人の生活が豊かになれば自然と会社も大事にするようになると信じている。同社は、岡山の本社や研究所など5カ所に約5億円を投じて立派な食堂を設けた。ホテルやレストランで2000円はかかる料理がすべて300円で提供され、その費用の大半は会社が負担する。社長はこれを福利厚生とは考えず、社員同士が仕事後に付き合うことはない。昼間、ゆったりと食事をしながら情報を交換し、その中から新しい仕事のヒントが生まれればそれで十分だと述べている。食堂への投資は安いものだと考えている」
一見すると、林原の経営方針は現代の働き方改革の理想を先取りしたように見える。個人の生活を尊重し、社員の自主性を重んじるこの環境は、多くの人が憧れるものかもしれない。しかし、見た目は理想的な個人主義的経営方針は、予期せぬ結果をもたらした。2011(平成23)年、同社は莫大(ばくだい)な負債を抱え、経営破綻に至ったのである。
2011年2月2日、林原、林原生物化学研究所、林原商事のグループ中核3社が東京地方裁判所に会社更生法の適用を申請し、3月7日に更生手続きの開始が決定された。翌年の2012年2月1日、林原生物化学研究所と林原商事の2社が株式会社林原に吸収合併され、2月3日には合併後の株式会社林原が100%減資し、長瀬産業(大阪市)の完全子会社となった。
破綻の理由はさまざまだが、研究開発に没頭していた兄の林原健氏と経理担当の弟・靖氏とのコミュニケーション不足が原因のひとつであると述べている。
林原の事例は、極端な個人主義が企業の存続に必ずしも最適ではないことを示唆している。結局、会社は
「人の縁や絆」
で成り立っているのだ。組織の健全な運営には、社員同士が自然にコミュニケーションを取り、相互理解を深める機会が不可欠である。そうした観点から見ると、社員旅行は単なる福利厚生の一環ではなく、組織の結束力を高める
「戦略的な施策」
として再評価できる。
日常業務から離れた環境で過ごすことで、部署や階層を超えた交流が生まれ、新たな発想や協力関係が芽生える可能性もある。つまり、適切に設計された社員旅行は、楽しみながら組織の一体感を醸成する非常に効果的な手段といえるだろう。
ちなみに林原だが、2024年4月に社名をナガセヴィータに変更した。麦芽水あめ製造で財を成した社名は、これで姿を消したことになる。