交通業界「100年に一度の大変革」ってそもそも何? 1920年頃を振り返って見えた“根拠”とは
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普及を後押しした石油燃料

ただ、視野を広げてアメリカ全体の歴史に目を向けると、当時自動車が急激に普及したのは、自動車が安くなっただけでなく、それが消費する燃料が安くなったことが大きく関係していたことに気づかされる。
アメリカでは、「フォードT型」が誕生する直前に石油の時代に突入した。1901年にテキサス州のスピンドルトップで巨大油田が発見され、同国の産油量が急増したのをきっかけにして、木材や石炭を燃料とする時代から、石油を燃料とする時代へとシフトしたのだ。
「フォードT型」が誕生すると、同じテキサス州にある街・ヒューストンで自動車を中心とする文化が開花した。ヒューストンでは、油田が近いゆえに石油精製が盛んに行われ、安価なガソリンが容易に入手できたことによってので、自動車台数が急増したからだ。
こうして自動車を中心とする文化とともにモータリゼーションが1920年代から米国で進み、ヨーロッパに波及した。つまり、ガソリン価格と自動車の価格が下がるタイミングが重なった結果、自動車が急に増え、社会全体を大きく変えることになったのだ。
車は再び「所有」から「共有」へ
この動きによって、モビリティは大きく変化した。それまでの自動車は、高価すぎて貴族や富裕層しか所有できなかったので、それを必要とする人は複数人で「共有」するしかなかった。一方「フォードT型」の誕生は、一般庶民が個人で「所有」することを可能にし、移動の自由度を高め、個人の行動範囲を広げるきっかけになった。ただし、鉄道や船などの公共交通が衰退するきっかけにもなった。
これに対して今は、これまで個人が「所有」していた自動車を、カーシェアやライドシェアというかたちで複数人が「共有」する動きがある。つまり、多くの人々が移動の自由を享受し始めた約100年前とは逆の動きが起きており、これまでの自動車ビジネスが成立しにくくなったのだ。