ネット上の「鉄道記事」に毎回暴言を吐く人たちに欠けたもの それは「歴史とは何か」という目線である

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鉄道の駅やルートに関する歴史を検証するとき、私たちはさまざまな史料を調べ、選び、考える。このときに最も重要ばなのが、その史料の持つ「価値」である。

政治家と「我田引鉄」

岐阜羽島駅の位置(画像:OpenStreetMap)
岐阜羽島駅の位置(画像:OpenStreetMap)

 そのなかでも最も困難なのが

「我田引鉄(がでんいんてつ)」

をめぐる問題だろう。いうまでもなく、我田引水(自分の都合のよいように取りはからったり、物事を運んだりすること)をもじった言葉で、政治家などが

「自分の票田に鉄道を敷く」

という意味だ。

 この代表例とされるのが、新幹線の岐阜羽島駅(岐阜県羽島市)である。この駅は古くから「政治駅」であり「我田引鉄」の象徴であるとされてきた。自民党副総裁にまでなった衆院議員・大野伴睦(ばんぼく)が政治力を使って自身の選挙区に設置した――というのが、その流れである。

 東海道新幹線が名古屋駅から先を大きくカーブさせているのは、大野が曲げさせたとうわさされ、実際、岐阜羽島駅前に大野夫妻の銅像が立っていることからも、疑いないように見える。

岐阜羽島駅を巡るあれこれ

岐阜羽島駅近くに立つ大野伴睦夫妻の像(画像:写真AC)
岐阜羽島駅近くに立つ大野伴睦夫妻の像(画像:写真AC)

 一方、これを否定する説はある。当時のいずれの有力政治家も自身の選挙区に駅を設置しておらず、また当時の国鉄総裁・仁杉巖(いわお)も後のインタビューで、

・鈴鹿山脈に長大トンネル(長さ5000m以上のトンネル)を掘った
・用地買収を避けてルートを決定した

ことを語っているからだ。

 ただ、これだけだとルートの決定理由はわかるが、岐阜羽島駅の設置理由はわからない。この点について仁杉は、

「(大野は)岐阜県を通るのに、駅がないのはけしからん」

と迫ったものの、駅の位置については「あまり細かいことはいわんよ」と口を出さなかった、と述べている。

 このことからも、大野が新幹線のルートを曲げさせたという説は成り立たないものの、肝心の「岐阜県を通るのに、駅がないのはけしからん」という発言が、

「どのように作用したのか」

を示す史料は、残念ながら存在しないのである。そのため「我田引鉄」だったか否かについては明確な結論を出せない、というのが正しい見方だろう。

 ただ、近年では「我田引鉄」に対しても

「伝説にすぎない」

といった見方をする風潮が勢いづいている。いやはや、なんともである。

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