「美人以外は受験NG」 今ならアウトな“客室乗務員”の昭和採用基準、ルッキズム批判時代に改めて振り返る

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長らく「華やかな職業」の代名詞とされてきた飛行機の客室乗務員。意外と知らないその歴史について、歴史をたどる。

客室乗務員の「大衆化」が進んだワケ

客室乗務員のイメージ(画像:写真AC)
客室乗務員のイメージ(画像:写真AC)

 まさしく「雲の上」の存在だった客室乗務員だが、その後10年あまりの間に「大衆化」が進んでいく。その理由は

・短期間で退職する者が多かった
・交通手段として飛行機の利用が増え採用人員も増えた

ことが挙げられる。

 注目される職業だったゆえに、当時の雑誌では「スチュワーデス(当時の用語)」の大量退職の話題がよく取り上げられている。

 例えば、『週刊女性』1959(昭和34)年2月8日号に掲載された「嫁をもらうならスチュワデス」という記事を見ると、日本航空では1958年から翌年にかけて当時の客室乗務員の4分の1にあたる30人が退職し、急きょ臨時募集を行っているとしている。退職の理由は30名全員が

「結婚」

であった。

 当時の価値観では、客室乗務員の結婚はそれ自体が耳目を集める話題だった。この『週刊女性』の記事では、その内実をこう記している。

「結婚退職者の数をみると、一期から十期までの採用者総数143名に対して、約85名。縁談ケースの内訳は、家庭本位の結婚、職場結婚、国外商社員との結婚、外国人や二世たちとの結婚、と、四つに分けられるが、いずれの場合も、平凡な見合い結婚はきわめて少なく、恋愛結婚か、男の側の熱心な申込みによるものが大部分だったという」

 ここから、「雲の上」の存在だった客室乗務員は中流以上の男性と幸せな結婚をするはずだ、という大衆の「夢」があったことがうかがえる。

「夢」というのは、同時期の『週刊読売』1959年2月1日号の記事「わずか三年“大空の青春”」では、結婚相手の9割が平凡なサラリーマンと、全く別の記述があるためだ。今となっては実情はわからない。

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