読めば旅情たっぷり 「鉄道紀行」がすっかり衰退したワケ
雑誌では「列車追跡シリーズ」が出色

種村氏がレギュラー執筆者として、主に寄稿していたのは『鉄道ジャーナル』誌(以前は自社刊行だったが、現在は成美堂出版刊)で、特に「列車追跡シリーズ」は約10ページの看板企画だった。列車を乗車したルポで、車窓だけではなく、乗客や乗務員の様子、歴史、評論などを交えた。
このシリーズは種村氏が多く手掛けたほか、元号が昭和の時代、社長兼編集長を務めた竹島紀元(としもと)氏も自ら取材することが多く、流麗な文章で読者の心をひきつけた。写真を多く掲載するという雑誌ならではの利点を最大限に生かすことで、臨場感をより高めた。
特に緊張感、緊迫感が漂う機関車の添乗取材は“昭和時代ならではの作品”で、鉄道事業者の安全対策が厳格化された現在ではこのようなルポが見られないだろう。竹島氏のルポの一部は、2000年発売の『竹島紀元作品集 鉄路に魅せられて―鉄道誌編集長 汽車に憑かれた青春の軌跡』(心交社)などで書籍化された。
21世紀に入ると鉄道紀行が衰退

20世紀は鉄道紀行の書籍、単発の雑誌やムックが主要書店をにぎわせていたが、21世紀に入ると衰退してしまう。長らく続き、トンネルの出口すら見えない出版不況が主要因なのはいうまでもない。
踏み込んだ視点で述べると、出版社側が新たな書き手の発掘に消極的だったことに尽きる。四半世紀前の編集者は宮脇氏、種村氏の読者が多く、鉄道紀行はそれを基準にしており、一個人の個性やキャラクターを理解しない傾向にあったのだ。
私(岸田法眼、レイルウェイ・ライター)の経験では、原稿の採否の連絡すらしてこない編集者もいた。また、必ずといっていいほど、自費出版や協力出版(著者が制作費の半分を負担する)を提案された。これは、無名やネームバリューのない書き手の商業出版に難色を示す表れでもある。
結果的に現在の鉄道紀行やルポの主な書き手(鉄道紀行の著書歴がある人物に限定)は、芦原伸氏、野田隆氏、田中正恭氏、せんえつながら末席に私を入れると平均年齢は64.8歳。当分、その系統の書き手が現れそうもない。
その根拠としてあげられるのは、ウェブ媒体の普及だ。これにより、鉄道を取り上げる媒体が急増したが、ほとんどはビジネスユーザー向けの話題が多い。このため、鉄道系の書き手のジャーナリスト化、アナリスト化が進んでいる。このままだと、将来は鉄道紀行の過去帳入りが現実になってしまいそうだ。