暴力的なワイルドさ! スポーツカー「シェルビー・コブラ」を襲った知られざる苦難と奮励ヒストリーをご存じか

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キットカーの人気モデル、シェルビー・コブラ。その歴史は、アメリカを代表するレースカーを目指した苦難と奮励に彩られている。

「勝てるレースカー」への飽くなき夢

 シェルビー・コブラをこの世に送り出したキャロル・シェルビーを語るときに、絶対に忘れていけないこと、それは彼が理想としたのは単なる市販車ではなくあくまで「勝てるレースカー」だったということである。

 自身の名を冠したコンストラクターを立ち上げる以前、彼はヨーロッパ製のスポーツカーを武器に、世界を舞台に戦うレーサーだった。

 マセラーティ、そしてアストンマーチン。一流と言われていたスポーツカーをベースにした真のレースカーの強さを、彼はしっかりと理解していたということである。

 その上で彼には夢があった。それは、自身が生まれた国であるアメリカンメイドのレースカーを作り上げることである。

 もちろんここでは、ただ作れば良いというレベルの話ではなかった。世界選手権という真剣勝負の場において、かつて自身がステアリングを握った一流マシンを打ち負かすことこそが最終目標だったのである。

 シェルビー・コブラの中で初期のモデルは、どちらかというとベースとなったACエースの雰囲気を強く残すイギリス風のロードスターだった。

 しかし当初のキャロルの計画通り、レースカーとしての体裁を整えたモデルが登場すると、その印象は一変することとなった。

 パワフル&ワイルド、いわゆる多くの人がシェルビー・コブラに対して抱いている印象は、ここから始まったというわけである。

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