「最速のファミリーカー」を目指した昭和ホンダ! 失敗から生まれた名車をご存じか
エンジンに込められた本田宗一郎の思い
ホンダ1300は先の小型車であるL700が水冷直列DOHC4気筒エンジンを搭載したフロントエンジン/リアドライブ車だったのに対して、N360を拡大したような空冷直列4気筒1298ccSOHCエンジンを横置きに搭載したフロントエンジン/フロントドライブ車だったのが特徴である。
そのエンジンは、同時期に発表されたホンダのフラッグシップモーターサイクルであったCB750FOURを思わせるメカニズムだった。
さらにこのエンジンには、本田技研の創業者であった社長・本田宗一郎氏のある強い思いが込められていた。それは、内燃機関にとって空冷こそがより合理的であるという考え方である。
たとえ水冷でも最終的にはラジエターを通じて空気で冷却水を冷やすのだから、最初から空気で冷やせばよりシンプルで無駄が無いということだった。
ホンダ1300の構造で特にユニークだったのはその空冷メカニズムであり、スペック上は1968年当時でも採用車がそれなりにあった「強制空冷」の一種だったものの、あたかも空気を水のごとく考えていたのが特徴である。
DDAC(デュオ・ダイナ・エア・クーリングシステム/一体式二重空冷)とネーミングされたこのシステムは、通常の自然空冷に加えて、シリンダーヘッド周りをシェラウドでカバーし、その間に冷却風をファンによって強制的に送り込むというもの。
さらにこれだけでは冷却が不十分だったことから、潤滑によって冷却を助けるためにアルミ製の別体オイルタンク(オイルクーラーの役目を果たす冷却フィン付き)を設けたドライサンプが採用されていた。
エンジンの最高出力はベーシックなシングルキャブ仕様で100ps、モーターサイクル並に4連装CVキャブを装着したハイチューン仕様は、実に115psを発揮。このパワー数値は当時の1300ccクラスのレベルではなく、2000ccクラスに匹敵していた。