別名「軍隊のアキレス腱」 実は戦術より重要な「軍事ロジスティクス」をご存じか

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「軍事ロジスティクス」という言葉はウクライナ侵攻以降、一般的に知られるようになった。今回はその言葉の意味するところについて解説する。

戦争の90%はロジスティクス

マーチン・ファン・クレフェルト『増補新版 補給戦――ヴァレンシュタインからパットンまでのロジスティクスの歴史』(画像:中央公論新社)
マーチン・ファン・クレフェルト『増補新版 補給戦――ヴァレンシュタインからパットンまでのロジスティクスの歴史』(画像:中央公論新社)

 クレフェルトは、その主著『増補新版 補給戦――ヴァレンシュタインからパットンまでのロジスティクスの歴史』(中央公論新社、2022年)で、ロジスティクスをめぐる術(アート)を、軍隊を動かし、かつ軍隊に「補給」する実際的方法と定義する。彼はまた、

「戦争をめぐる問題の90%はロジスティクスに関係する」

と、その重要性について言及している。

「決定的な場所に最大の兵力を集中させる方法を知っている者が勝利する」とはナポレオン・ボナパルトの言葉とされるが、いったん、決定的な場所が確認されれば、そこに兵士と物資を投入することがロジスティクスをめぐる術(アート)の領域の問題となるのだ。その意味では、ロジスティクスとは優れて「運用」をめぐる問題であると捉えることも可能であろう。

 クレフェルトはこの事実を、

「軍事史の著作の中では、一度司令官が決定すれば、軍隊はいかなる方向に対しても、どんな速さでも、またどんな遠くへでも移動できるように思われている。実際はそうではなく、おそらく多くの戦争は敵の行動ではなく、そうした事実(注=軍隊に補給することの重要性および困難性)の認識を欠いたために失敗することの方が多かったのである」

と的確に表現している。

 もとより、軍事ロジスティクスという言葉の意味するところについては、完全に合意された定義が存在するわけではなく、論者によって見解は大きく異なる。クレフェルトは、物資の「流れ(フロー)」――補給あるいは物流――とやや狭義に捉えているようだ。だが、実はロジスティクスとは軍隊の物流――兵站――部署だけに任せておくことは許されず、組織全体で対応すべき領域なのだ。

 事実、広義の意味でロジスティクスとは、糧食や燃料などの補給はもとより、兵器など装備品の企画段階に始まり、その廃棄に至るまでのライフサイクル全般について軍隊全体を支援することに他ならないのだ。装備品の

・企画
・設計
・点検
・補修

といった一連の業務は、決して独立したものでなく、相互に密接に関係しており、ロジスティクスとはまさにこうしたプロセスをも含んだ概念なのだ。

 さらに、装備品の性能を最大限に発揮するためには教育および訓練が不可欠であり、そうしてみると、ロジスティクスの意味するところをさらに広範な視点から捉えることも可能だ。

 また、仮にロジスティクスが物資の「フロー(流れ)」であるとすれば、道路網、鉄道網、港湾および港湾施設、空港および空港施設を含めたシステムとしてロジスティクスを捉える必要がある。ロジスティクスとは優れてシステムをめぐる問題でもあるのだ。

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