「愛犬と旅行に行きたい!」4000億円市場を変える“肉球経済”をご存じか
移動の壁と進化する宿泊

この市場が抱える大きな課題は、移動をめぐる環境に集約されると言っていい。調査によると、最近1年間に飼い主の58.6%が日帰りのお出かけをしており、その市場規模は約1733億円と推計されている。年間の平均回数は3.8回で、1回あたりのおおよその支出は約1万5449円。目を引くのはその行き帰りの足であり、日帰りでは95.0%、宿泊旅行でも89.4%が自家用車を選んでいる。電車やバスといった公共交通の利用はほんの一部にすぎない。この偏りは、乗り物側の受け入れ条件や設備面の壁がそのまま影を落としている。
鉄道やバス、航空機は、安全や衛生、混雑への配慮から、ペットの同乗条件を厳しくせざるを得ない。その一方で、飼い主側は移動の段階から一緒に過ごしたいという思いを強めており、この双方の前提のズレが車への依存を生んでいる。ただ、車中心の移動は目的地まで気兼ねなく進める利点がある反面、途中の駅前や商業施設に立ち寄る機会を減らし、観光地全体へ経済効果が行き渡るのを妨げる側面もある。公共交通の拡充を求める声が53.1%に達している点は、移動手段の選択肢が限られていることへのもどかしさの表れだろう。
こうした制限の中で工夫の跡が見えるのが、ペットカートの存在だ。日帰りでは41.4%、宿泊では49.6%の利用が見られ、犬の足を地面に直接触れさせない配慮や、公共の場所での安心を守る手段として使われている。利用者は今あるルールの枠内で行動の範囲を広げており、この動きは今後、レンタカーやタクシー、地域を巡る移動サービスのあり方にも影響を与えるかもしれない。
一方、宿泊の現場に目を移すと、状況はよりはっきりと現れてくる。最近1年間で愛犬と国内宿泊旅行を行った人は33.2%で、その市場規模は約2328億円と推計される。年間平均回数は2.4回、1回あたりの支出は約5万8828円に達するという。宿泊施設に対しては、72.1%が愛犬と一緒に寝られることを求め、72.4%が一緒に食事をできることを重視していた。泊まり先としてホテルが52.2%、ヴィラやコテージが39.0%選ばれているのも、周囲に気を遣わず過ごせる空間が求められている証拠だろう。
これからは、どれだけ同じ空間で心地よく過ごせるかが宿の評価基準になっていく。特に63.6%がホテルスタッフの愛犬への対応を重視している点は見逃せない。ドッグランなどのハード面を整えるだけでなく、働く人が動物の特性を理解し、大切な家族として温かく迎えるといった、接客面の対応力が問われている。
結果として、旅行業界は二つの方向へ分かれやすくなる。受け入れを行わない施設がこれまでの利用者に頼り続ける一方で、対応する施設は高い頻度かつ高単価で利用する層を捉え、収益の形を大きく変えていくはずだ。
調査では、全体の16.0%に過ぎない高消費層が、全体の支出の62.2%を占めていることが示されている。特に子どもと同居していない夫婦世帯(452人)や、多頭飼いの世帯がこの市場を強く支えるプレミアム層だ。多頭飼い世帯の年間支出は約10万3787円にのぼり、単頭飼い世帯の約7万1157円の約1.46倍に達する。これらの層は、自分たちの生活様式に合うおもてなしにはお金を惜しまない。企業にとって、極めて重要な顧客層になりつつあるのが実態だ。