時代が追いつかなかった傑作? いすゞが90年代に示した「SUV進化の源流」をご存じか
国内の新車販売でSUV比率が30%を超える現代、その源流を辿れば一台の「予言書」に行き着く。いすゞ自動車が1997年に放った「ビークロス」だ。販売数は1751台と稀少だが、四半世紀も前にバックカメラやSUVクーペの概念を具現化した先見性は驚異的といえる。時代が追いついた今、その遺産を経済的視点で読み解く。
常識を打ち破るデザイン哲学

1997(平成9)年4月、ビークロスは世に送り出された。土台となったのは、当時の硬派なオフロード車「ビッグホーン」のフレームだ。そこに排気量3165ccのV型6気筒ガソリンエンジンを載せ、電子制御の4WDを組み合わせる。道なき道をゆく確かな性能を守りながら、見た目にはそれまでの常識にない柔らかな曲線をまとわせた。
この一台を導いたのは、のちに日産自動車でクリエイティブのトップを務める中村史郎氏だ。「ワイルド&フレンドリー」という言葉を掲げ、野性味と都会的な洗練をひとつにまとめ上げようとした。中身の仕組みが形を決めるのが当たり前だった当時、その進め方は一種の挑戦だったといえる。角ばった箱のような姿が定番だった時代に、丸みを帯びたフォルムと、車体の下半分を大胆に覆う樹脂パーツを使い切ってみせた。
実際の姿形は、いすゞの欧州拠点にいたサイモン・コックス氏が中村氏と二人三脚で描き出している。背負うのが通例だったスペアタイヤを車内に収め、飛行機を思わせる給油口の蓋をあしらう。細かな部分まで、これからの姿を見据えたこだわりが詰まっていた。
金属と樹脂を混ぜ合わせるこの見せ方は、今ではクロスオーバーSUVのありふれた風景になっている。当時のいすゞが踏み出した一歩が、現在の大きな流れへとつながっていた。1990年代にこれほど先の基準を見通した表現を量産車でやり遂げていたという事実は、やはり重い。