「EV時代」はなぜ止まったのか? 6.8万口でも埋まらない、“充電できない社会”の正体

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米国のEVシフトが、かつてない機能不全に陥っている。バイデン政権が投じた50億ドルの巨額予算に対し、実支出はわずか0.6%。現場の目詰まりや政権交代という「政治の不確実性」が、産業の歩みを根底から揺さぶる。日米の比較から見えてくるのは、車両の性能以上に普及を阻む、強固な社会構造の壁だ。

法制度と権利関係が阻む普及

米国(画像:Pexels)
米国(画像:Pexels)

 米国が予算執行の仕組みに手こずる傍らで、日本もまた別の根深い問題を抱えている。日本の充電インフラは、2011(平成23)年3月時点の623基から、2025年3月には6.8万口規模へと数字の上では大きく膨らんだ。しかしその実態を覗けば、使いたい場所に設備がないという、需要と供給のちぐはぐな偏りに突き当たっているのが現状だ。

 とりわけ分譲マンションなどの集合住宅では、区分所有法に基づく総会決議が厚い壁となって立ちはだかる。住人の間での話し合いがまとまらず、設置を諦めてしまう物件も珍しくない。

 その一方で地方に目を向ければ、採算が取れないことを理由に空白地帯がそのまま放置されている。米国のように大型スポーツタイプ多目的車(SUV)が主流で送電網への負荷が問題になる国とは事情が異なり、日本は特有の住まい方や権利関係が、普及の足を引っ張っている。

 こうした状況を眺めていると、土地や建物の権利といった古い仕組みが、移動手段の移り変わりに追いついていないことがよくわかる。都市部に住みながらEVを選びたくても選べない人々を置き去りにしたままでは、市場が広がるはずもない。いくら優れた車を世に送り出したところで、場所や権利のしがらみを解きほぐせなければ、足踏みは続くだろう。

 日米の事例が物語るのは、車の性能といった話の前に、社会の土台である法制度や権利のあり方が今の時代に合っていないことこそが、普及を妨げる最大の壁だという事実だ。

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