「EV時代」はなぜ止まったのか? 6.8万口でも埋まらない、“充電できない社会”の正体

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米国のEVシフトが、かつてない機能不全に陥っている。バイデン政権が投じた50億ドルの巨額予算に対し、実支出はわずか0.6%。現場の目詰まりや政権交代という「政治の不確実性」が、産業の歩みを根底から揺さぶる。日米の比較から見えてくるのは、車両の性能以上に普及を阻む、強固な社会構造の壁だ。

現場実務と採算性が生む足踏み

米国(画像:Pexels)
米国(画像:Pexels)

 物事の行き詰まりは技術力の乏しさからくるものではなく、むしろ制度と現場が噛み合っていない点にこそある。充電器をひとつ置くにも、環境審査から入札、許可の申請、さらには送電網へのつなぎ込みといった幾多の壁を乗り越えなければならない。

 なかでも電力会社が進める変電設備の増強審査は、許可が下りるまでに1年から2年もの歳月を費やすケースがもはや珍しくなくなっている。お金を出す主体が州や民間へと散らばっていることも災いし、手続きが重なれば重なるほど、予算は現場に届かず滞留してしまう。

 そこへ、採算をいかに守るかという難題が重くのしかかる。民間企業は投資を回収するために、どうしても利用者が多い都市部や幹線道路沿いを選びがちだ。そのしわ寄せとして地方や所得の低い地域の整備は後回しにされ、いつまでも空白地帯が埋まらない。IEAの報告を読んでも、米国や英国では充電拠点ひとつあたりのEV台数が増え続けており、世のなかの求めに供給がまるで追いついていない実態が浮かび上がる。

 こうしたインフラの不足は、巡り巡って車両の価格にも跳ね返ってくるはずだ。変圧器の更新といった多額の費用をいったい誰が持つのか。そのあたりがうやむやなままでは、企業側も将来を見通せず投資に踏み切れない。役所の進める工程と民間のそろばん勘定が一致しない限り、整備が速まることはないだろう。

 インフラの足踏みは、送電網の容量や煩雑な手続きといった目に見える、あるいは見えない制約が、車両の広がりを直接押しとどめている現実そのものだといえる。

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