「陸の孤島」が、いまや企業に選ばれる? 東九州道10年、1.6兆円で変わった物流・工場・地域経済の勢力図とは

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東九州道の開通から10年。累計1.2億台が行き交い、1.6兆円の経済効果を生んだ一方で、物流や産業の勢力図も大きく変わった。地域を結ぶ「道」は、東九州の商いと競争の形をどう変えたのか。

淘汰される旧産業とインフラの壁

東九州道の宮崎PA(画像:写真AC)
東九州道の宮崎PA(画像:写真AC)

 東九州道がつながったことで多くの恩恵が語られる一方で、それまでの商売が立ちゆかなくなり、苦境に立たされた業態もある。

 物流の現場をのぞけば、かつての都市の分断を前提としていた荷物の中継や保管、積み替えといった仕事が目に見えて減った。この中間工程をなりわいとしてきた企業は、いまや市場での居場所を失いかねない状況にある。前述の「ミルクラン方式」も、追い打ちをかけた格好だ。

 仕入れ先が直接納品する機会が削られたことで、輸送による稼ぎも細ってしまった。効率を追い求める奔流のなかで、かつては距離という壁に守られていた地理的な強みも、中間業者が手にしていた取り分も、作り手や使い手の側へと無理やり移し替えられてしまった。

 もっとも、収益をさらに積み上げるには、超えなければならない壁もいくつか残されている。宮崎県の日南東郷ICから鹿児島県の志布志ICまでの40.7kmがいまだにつながっておらず、2026年5月の時点でも開通のめどは立っていない。さらに、多くの区間が

「暫定的な2車線のまま」

であることも不安材料だ。実際に4車線化された場所では事故が約3割も減った例があるように、安全面の不安や災害で道が止まる恐れが、企業の思い切った投資にブレーキをかけている。

 休み場の少なさも、現場の切実な問題となっている。大分松岡パーキングエリア(PA)から川南PAまでは約150kmも離れており、上り線の佐伯弥生PAができた後もなお、110kmほどの開きがある。なかでもガソリンスタンドの不足は、燃料切れの不安を常に抱えさせることになり、運びの安定を損なう危うい要素だ。

 誰もが安心して走れる道としての信頼を勝ち取らなければ、産業の土台としては心もとなく、せっかくの資本が流れ込む動きも止まってしまうだろう。

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