「陸の孤島」が、いまや企業に選ばれる? 東九州道10年、1.6兆円で変わった物流・工場・地域経済の勢力図とは
不便さが生んだ既得権益の終焉

東九州は、もともと海岸沿いのわずかな平地に都市が点在し、それらを険しい山々が隔てるという、分断が際立つ土地だった。そのため移動にはいつも膨大な時間を取られ、休憩施設も足りないなかでの積み替え作業は、物流現場に重い負担を強いてきた。
しかし、かつてはこの不便さそのものが、地元企業を外敵から守る盾でもあったのだ。移動に時間がかかるからこそ、中継拠点としての商売が成り立ち、域外資本の参入を阻む壁となってきた。不便さが生んでいた既得権益は、東九州道の開通によってあっけなく崩れ去った。
この道は、新幹線のような高速交通網を持たない地域にとって、初めての本格的な物流動脈となった。その効果は、数字を見れば一目瞭然だ。北九州から大分までは、かつての3時間20分から1時間45分へ。大分から宮崎にいたっては、5時間25分かかっていた道のりが2時間50分へと、半分近くまで縮まっている。北九州と宮崎が4時間も近くなったことで、以前なら考えられなかった日帰り圏内の広がりを見せている。
物流の形も様変わりした。九州における自動車生産の約7割がこの沿道に集まるなか、道がつながったことは部品供給の仕組みを根本から作り変えた。各メーカーがバラバラに届けていたこれまでのやり方は影を潜め、メーカー側が各地を効率よく回って集荷する
「ミルクラン方式」
が主流になりつつある。例えば、福岡県宮若市に拠点を置くメーカーでは、これによって1日あたり45時間もの運転時間を削ることに成功した。これはガソリン代や人件費の節約といった話にとどまらない。倉庫に眠る在庫を減らし、工場の動きと物流を高い精度でかみ合わせることを可能にした。道が、いわば
「工場のベルトコンベア」
のように機能し始めたわけだ。物理的な距離による停滞を削ぎ落とし、生産ライン全体が淀みなく流れる環境が整ったといえる。