東京は時代遅れなのか?――ニューヨーク「8万台」が突きつけるライドシェアの圧力、タクシー王国・日本が「利便性」の波を拒む一線の正体
既得権益と評価経済の衝突構造

香港という街は、土地の狭さゆえに自家用車の保有を政府が手放しには歓迎しない特殊な環境にある。網の目のように張り巡らされたバスや地下鉄、そしてタクシー。市民の9割が公共交通を使いこなすこの地で、かつてタクシー業界は一種の「殿様商売」に陥っていた。わざと遠回りをし、近距離の客を冷たくあしらう。そんな不誠実な振る舞いに市民の不満が溜まっていた2014年、Uberはその隙間を突くように参入した。
当然ながら、香港でも「白タク」は違法だ。ドライバーが摘発される事態が相次いだが、それでも営業が続いたのは、既存の不便に耐えかねていた市民の熱烈な支持があったからにほかならない。走行ルートが事前に決まり、評価を気にするドライバーが質の高いサービスを届ける。この当たり前の仕組みが、澱んでいた市場を揺さぶる強力な武器となったのだ。
この激しい対立の裏側には、香港特有の根深い利権が横たわっている。タクシー免許は営業許可だけではなく、数千万円単位で転売される「金融資産」と化しているのだ。街を走る1万8163台のタクシーは年間1450億円もの巨額を稼ぎ出すが、高額なライセンス料を背負ったドライバーは、日銭を追うあまり強引な営業に走らざるを得ない。
マナーの欠如は、ドライバー個人の資質というより、この歪な構造が生み出した必然だったといえる。長らく続いた業界の悪習と新勢力の衝突を経て、ようやく政府も重い腰を上げた。2025年に新法を整え、2026年後半にはライドシェアの合法化へかじを切る。ただし、そこには厳しい縛りがある。車両の所有者が本人であることや、12年未満の車齢制限、専用試験の合格など、秩序を守るためのハードルがいくつも設けられた。
香港が導き出した答え。それは、金融資産化した既存の権益を一定程度守りつつ、デジタルの利便性を無理やり飲み込むという、極めて現実的な市場の折り合いだった。