「ピーク旅客数は256万人…」 100年の歴史刻む“日本最北の私鉄”を襲った不測の事態――止まったストーブ列車、収益と地域に広がる影響とは

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営業収益1.5億円規模の中で数千万円の減収――。ストーブ列車の運行中断は、津軽鉄道の収益構造の脆さを露呈した。訪日客増と運賃倍増で25.9%増収を達成した矢先の失速。地域観光を支えてきた列車の停止は、地方私鉄の経営の限界を映し出す。

生活路線から観光列車への転換

津軽鉄道の起点・津軽五所川原駅(画像:写真AC)
津軽鉄道の起点・津軽五所川原駅(画像:写真AC)

 このストーブ列車は、当初から観光向けに始まったものではない。初代の運行は、津軽鉄道が全線開業した1930(昭和5)年12月に始まった。戦時中は一時止まったが、1947年に再開し、現在は4代目の客車が使われている。

 ストーブ列車は、津軽の冬を伝える存在として全国で取り上げられてきた一方、長い間、日常の足として走っていた。

 筆者(銀河鉄道世代、フリーライター)は1980年代半ばに初めて乗車したが、当時は特別料金はなく、観光目的の利用者もいたものの、沿線の人々が集う場になっていたと記憶している。

 特別料金の「ストーブ列車券」は2007(平成19)年に300円で導入され、その後500円に引き上げられ、2024年には1000円となった。約100年の歴史を持つストーブ列車が観光列車としての性格を強めたのは、比較的最近のことである。

 もとからあった地域の資源を観光商品として育てた形だ。従来から利用してきた地元客には受け止めが分かれる面もあるが、新たな車両の投入など大きな資金をかけずに収益を伸ばした点は評価できる。

 2025年12月29日に起きた分離の原因は現時点で明らかになっていないが、仮に車両や設備の老朽化が関係しているとすれば、投資を抑えてきたことの影響が表れた可能性がある。運行中断の影響は、斜陽館など沿線の観光施設にも及んでいる。五所川原市や青森県が支援に動く方針を示したのは、こうした状況を踏まえたものだ。

 分離の原因を早く明らかにし、運行の再開につなげることが求められる。

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