沖縄に「幻の航空会社」が存在した! 1500人が集まった青い機体、それでも一度も空へ舞うことなく消えた就航構想とは

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資本金約5000万円で始動し、ANAやGECASとの連携、機材リース、採用に1500人超の応募と準備は進んだものの、2003年に契約解除と資金難で破綻。就航前に終わったレキオス航空は、沖縄の航空需要と供給の在り方を今に問いかける。

契約破棄と資金難

那覇空港(画像:写真AC)
那覇空港(画像:写真AC)

 しかし2003(平成15)年3月、GECAS社とのリース契約は資本金不足を理由に解除された。保証金の支払いなどが重なり、財務は急速に厳しくなった。2003年4月15日には事業許可の申請を取り下げ、従業員は解雇となった。その後も資金の確保に取り組んだが、状況を立て直すには至らなかった。

 2003年8月、レキオス航空は負債額約3億円で那覇地裁に民事再生法の適用を申請した。大口の出資者を求めたが現れず、従業員の解雇も進められないまま時間が過ぎた。2004年2月に破産手続きが始まり、6月10日付で法人は消滅した。

 沖縄からの期待を集めた航空会社は、国土交通省の航空運送事業許可を得て、自社の意匠を施した機体の導入まで進んだものの、一度も運航することなく7年の歴史に終止符を打った。

 なお、レキオス航空で使用される予定だったボーイングB767-300ERはスカイマークに貸与され、2009年まで運航された。レキオス航空仕様のままモニターを備えていたことから利用者の人気を集めた。

 その後スカイマークは那覇路線を開設し、この機体も同社の機材として那覇へ乗り入れている。

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