「理屈では勝てるはずでした」――ホンダ2.5兆円損失計上にみる、知能だけでは突破できない「現実の壁」
5~10年で起きる変化
アモデイ氏は、AIによって今後100年分の進歩が、5年から10年ほどで起きる可能性があると述べている。では、自動車産業でこの時間の圧縮が起きるのはどこなのか。
候補としてまず思い浮かぶのが材料科学だ。バッテリー性能の向上、車体を軽くする素材、耐久性の改善。こうした分野は、新しい発見があれば一気に進む。もちろん物理実験は欠かせない。ただ、AIが有望な材料を先に絞り込めば、試行錯誤の回数は大きく減る。AlphaFoldのような変化が、材料研究の分野でも起きる可能性は高い。
生産の現場にも変化は及ぶ。工場の流れの調整、サプライチェーンの効率化、品質管理。データがそろえば、AIはこうした問題をかなりの速さで処理できる。トヨタが長い時間をかけて積み上げてきたトヨタ生産方式の知見も、AIは短い期間で学び取り、さらに改良を重ねていくはずだ。
開発の段階でも事情は似ている。空力、衝突時の安全性、乗り心地。こうした条件は互いに絡み合うため、人がひとつずつ試していくには時間がかかる。AIはこの探索を非常に速く進めることができる。もちろん最終確認には試作車と実地テストが欠かせない。それでも、開発の精度が大きく高まることは間違いない。
知能による効果がとりわけ大きく出るのは、法規制への対応だろう。各国には膨大な規制文書があり、そこに開発情報を照らし合わせる作業が続く。AIがその照合を担い、適合性を自ら示せるようになれば、新型車が市場に出るまで通常5年から7年かかる期間は、かなり縮まる可能性がある。また神経科学の知見は、車内インターフェースの姿も変えていく。ドライバーの脳の状態に合わせて負担を調整する仕組みだ。車の知能が人の能力を補う、新しい関係がここに生まれる。
ただし、自動運転の完全な実現となると話は別だ。アモデイ氏の考え方に照らすと、5年から10年で達成するのは難しい。現実の道路でのテスト時間、異常事態のデータ不足、人の行動の読みづらさ、そして規制。さまざまな制約が同時に重なるからである。知能がどれほど高まっても、物理的な検証や社会の合意に要する時間まで縮めることはできない。