「理屈では勝てるはずでした」――ホンダ2.5兆円損失計上にみる、知能だけでは突破できない「現実の壁」

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AIは「100年分の進歩を5~10年で起こす」との見方が広がる一方、現実には物理法則や規制、インフラが変化の速さを縛る。就業人口約550万人を抱える自動車産業は、知能の力と現実の制約の間でどこまで前進できるのか。アモデイ論考から、その行方を探る。

自動車産業への示唆

 アモデイ氏の見方を自動車産業に重ねると、いくつかの示唆が浮かぶ。自動運転の開発を思い浮かべるとわかりやすい。

 まず立ちはだかるのは、外の世界が動く速さだ。公道テストにはどうしても現実の時間が要る。どれほど精巧なシミュレーションがあっても、実際の道路で得る走行データは欠かせない。天候の変化、予測しづらい人の動き、道路状況のゆらぎ。こうした要素は机上では再現しきれない。Waymoが長い年月をかけて走行距離を積み上げてきたのも、この時間の壁があるからだ。

 次に浮かぶのはデータの問題である。めったに起きないが重大な事故につながりかねない状況、いわゆるエッジケースが足りない。AIがどれほど賢くなっても、経験していない場面に完全に応じるのは難しい。ここには情報の限界がある。センサーが拾える情報は物理条件に縛られており、たとえば吹雪で視界がふさがれれば、知能だけで空白を埋めるのはやはり苦しい。

 三つ目は、人の振る舞いが持つ複雑さだ。歩行者が突然車道に出るのか、それとも立ち止まるのか。そうした判断は、周囲との読み合いのなかで決まる。交通の場には、互いの動きを見ながら決める駆け引きがある。これを完全に読み切ることは、知能の高さだけでは届きにくい。

 さらに、人が作る社会の枠もある。法制度、保険の仕組み、そして人々の信頼だ。技術として可能でも、社会が受け入れなければ広がらない。テスラのFSD(Full Self-Driving)が長くベータ版と呼ばれ続けてきた背景にも、こうした事情が重なっている。

 そして最後は、物理の壁である。ブレーキを踏んでから止まるまでの距離は、車の重さや速度によって決まる。知能がどれほど高くなっても、この距離を物理の限界以上に縮めることはできない。

 こうして見ると、車そのものの知能を高めるだけでは足りないことがわかる。むしろ必要なのは、交通全体の環境をどう整えるかという視点だ。AIを使い、道路や信号、車同士のやり取りを含めた環境を整える。複雑さを少しずつ減らしていく。そうした取り組みがあってはじめて、知能は現実の壁に向き合える。

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