「理屈では勝てるはずでした」――ホンダ2.5兆円損失計上にみる、知能だけでは突破できない「現実の壁」
AIは「100年分の進歩を5~10年で起こす」との見方が広がる一方、現実には物理法則や規制、インフラが変化の速さを縛る。就業人口約550万人を抱える自動車産業は、知能の力と現実の制約の間でどこまで前進できるのか。アモデイ論考から、その行方を探る。
AIが変える自動車産業の速度

人工知能(AI)開発の米アンソロピックの最高経営責任者(CEO)、ダリオ・ アモデイ氏が2024年10月に発表したエッセイ「Machines of Loving Grace(愛に満ちた恵みの機械)」は、2万5000語に及ぶ長大な論考だ。強力なAIが今後5年から10年でどのような変化をもたらし得るのか。生物学、神経科学、経済発展、平和と統治、そして労働という五つの領域から、その見通しを語っている。
彼が中心に据えるのは、知能が生む利益には限りがあるという見方だ。AIの知能がどれほど高くなっても、物理法則や現実世界の動く速さ、手に入る情報の量、さらには社会の制度や規範が進歩の歩みを縛る。知能だけでは動かせない壁がある、という考え方である。これはハードウェアをともなう産業の将来を考えるうえで示唆が大きい。
ソフトウェアの世界では、計算能力の向上がそのまま速度の向上につながることが多い。だが車両開発の現場では事情が違う。AIの計算が速くなっても、材料の耐久試験や走行テストにかかる時間が消えるわけではない。金属が疲労するまでの時間、車を実際に走らせて得るデータ。こうした現象は物理の時間に縛られている。
そのため、知能が高まればすべてが加速するという見方は成り立たない。進化の速さは、結局のところ現実世界の制約によって決まる。企業同士の競争も、AIの賢さだけでは測れなくなる。むしろ問われるのは、知能の外側にある遅い部分をどう扱うかだ。どこで時間が止まり、どこで効率を上げられるのか。そこを見極める力が、産業の行方を左右することになる。