駅前の「ゲームセンター」はなぜ姿を消したのか?――終電待ち30分を吸収した“時間バッファ産業”の消滅
駅前のゲームセンターは、移動の合間の滞留を受け止める「都市のクッション」だった。市場規模7200億円と回復する一方、地価高騰とスマホ化で空間は消滅。効率化が混雑と居場所の喪失を招き、都市の余白が失われている。
失われた余白

駅前にあった施設がなくなったことは、スムーズな移動と立ち止まる時間のバランスを保っていた土台が壊れてしまったことを表している。待ち時間を引き受けて混雑を和らげていたクッションが消えた街では、帰宅ラッシュの時間帯の混み具合がより激しくなり、周りの店に客が流れる効果も弱まっている。一見すると意味がないように思える、目的のない時間の過ごし方が、実は街全体の強さを支える
「無用の用」
として役立っていたという事実は、とても重い意味を持っている。
効率ばかりを大切にして埋め尽くされた街のなかで、意味のない時間を受け入れるための余裕をどうやって作るかは、社会全体の大きな宿題だ。移動を目的地へ向かうだけの中身のないものにせず、その途中に人間らしい豊かさを取り戻すには、あえて余裕を持たせる工夫が必要だ。
街での移動をどれだけよい体験にできるかは、これからの地域づくりで考えなければならない大切なテーマになるはずだ。かつて遊び場として駅前にあった、目的を持たずにいられる時間を、本当の意味で価値のあるものとして認め、大切にし直すことが求められている。