「最近の電車はどれも同じ」は本当か? ――画一化を嘆くファンが気づかない、メーカー5社の「先端戦略」とは
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通勤電車が似てきた理由

ここ数年、都市部を走る通勤電車に乗っていると、車両の見た目や乗り心地がどれも似通ってきたと感じることがある。外観は直線基調で凹凸が少なく、車内には薄くて硬めの座席が規則正しく並ぶ。走り出しも止まり方も穏やかで、音も控えめだ。かつては会社や形式ごとに、丸みを帯びた車体やステンレスの波板、モーターのうなりや空気の抜ける音など、乗ればすぐ分かる違いがあった。そうした記憶と比べると、最近の車両が均質に映るのも無理はない。
背景としてよく語られるのが、メーカー側で共通化が進んだことだ。事業者ごとに一から仕様を起こすやり方が減り、あらかじめ用意された共通のプラットフォームを使う。結果として外観や内装の差が縮まり、「個性が消えた」と受け取られる。そうした評価には、それなりの根拠があるようにも思える。
ただ、少し立ち止まってメーカーの顔ぶれを眺めると、話はもう少し複雑だ。東急車輛を前身としJR東日本の系列に入る総合車両製作所、車両と信号・運行の分野を合わせて海外に広げる日立、関西を主戦場にしながら輸出案件も多い川崎車両、近鉄系の近畿車輛、中部に根を張る日本車輌製造。それぞれ歩んできた市場も、取引相手も違う。
各社が積み上げてきた「標準」は、画一化の産物というより、地域の運行密度や設備条件、保守の体制に合わせて磨かれてきた結果に近い。どこで使われ、どんな本数で走り、どれだけの人手で面倒を見るのか。その前提が異なれば、目指す形も自然と変わる。出来上がった車両は似ているようでいて、実際には異なる考え方が染み込んでいる。
表面だけを見ると差が消えたように映るが、個性がなくなったわけではない。会社ごとの事情に合わせた工夫が、メーカーごとのプラットフォームにまとめられただけだ。いまの車両は、その違いが外観ではなく、内側のつくりや運用の考え方として現れている。そんなふうに捉えたほうが、実態に近い気がしている。