「脱エンジン」は早すぎた――V8・V12の咆哮再び、「BMW」「メルセデス」が理想より“官能”を選んだ理由
理想と現実のずれ

2035年に内燃機関の新車販売を禁じる。欧州が掲げたこの強い目標は、当初こそ脱炭素の象徴として歓迎されたが、時間がたつにつれ現実とのずれが目立ち始めた。理想を先に置き、市場が後からついてくると考えた政策は、実需の壁にぶつかったまま足踏みを続けている。結果として、事実上の修正を迫られたといったほうが近い。
EVへの急旋回で何が起きたか。販売現場では価格の上昇が重荷になり、従来の顧客が離れた。高級ブランドにとっては、長年積み重ねてきた個性まで薄まった印象が残る。中国勢が価格と電池の供給力を武器に存在感を強め、欧州の地盤に入り込んできた。自らルールを厳しくしすぎた結果、競争相手に道を開いた格好である。メーカー側から見れば、あまり歓迎できる展開ではない。
そのなかでBMWやメルセデスが示したのが、V12やV8を残すという判断だった。大排気量エンジンに未練があるからではない。感情論で動くほど、彼らの経営は甘くない。利益率の高いモデルを手放さず、手元の資金を確保する。体力を保ちながら次の技術に投資する。そのための選択だ。多気筒エンジンは販売台数こそ多くないが、1台あたりの収益は大きい。ここを失えば、研究開発を支える原資まで細ってしまう。
これからの産業の姿も、一本の道に収束する気配はない。EVだけに賭けるのではなく、合成燃料を含めた複数の動力源が並ぶ形へと進んでいく。状況に応じて使い分ける、現実的なやり方だろう。内燃機関の役割も変わる。日々の足としての大量消費財というより、希少性を備えた高付加価値の財へと重心が移る。保有そのものが価値を持つ、そんな位置づけに近づいている。
環境負荷を抑えることと、地域の雇用や産業基盤を守ること。このふたつを同時に満たす解を探った結果、企業がたどり着いたのは、理想論ではなく資本の計算だった。富裕層が内燃機関の文化を支え、そこで生まれた収益が次世代技術へ回る。この循環が続くかぎり、多気筒エンジンがすぐに姿を消すとは考えにくい。しばらくは、そんな状態が続きそうである。