「脱エンジン」は早すぎた――V8・V12の咆哮再び、「BMW」「メルセデス」が理想より“官能”を選んだ理由
BMWが計画するV12の生き残り

欧州委員会による方針変更を受けて開発継続の道が拓かれたエンジンの筆頭が、BMWの手掛けるV12エンジンである。V12エンジンは、乗用車用動力源の頂点に君臨する高性能ユニットであり、その圧倒的な平滑性や出力特性により、フェラーリに代表されるスーパースポーツや、ロールス・ロイスのような最上級の豪華車両に搭載されてきた。
しかし、近年は環境対策にともなう排気量縮小の流れに押され、その種類は減少の一途を辿っていた。欧州の内燃機関禁止政策が目前に迫るなか、その存在は風前の灯火となっていたのである。ドイツの大手BMWは、自社製品や傘下の英ロールス・ロイス向けにV12の開発と供給を担ってきたが、2022年頃には、この型式のエンジンが生き残る術はないと公に言及していた。実際、BMWブランドにおけるV12搭載車は既に生産を終了しており、現在はロールス・ロイス向けに供給を続けるのみの状態だった。
こうした絶望的な情勢から一転、2026年に入ってロールス・ロイスとBMWはV12エンジンの廃止方針を撤回することを表明した。これは欧州委員会の方針転換とユーロ7の緩和というふたつの追い風を捉えた経営判断であり、V12のみならず8気筒や6気筒といった多気筒エンジンの生産も継続する構えだ。ユーロ7に適合させるための排出ガス対策や環境負荷低減の処置は施されるが、規制の緩和によって、多額の資金を投じて開発を継続するに値する事業性が確保された証左といえる。
経済的な観点から分析すれば、モーターによる駆動が一般化して車両の走行性能が均等化するほど、物理的な爆発行程をともなうV12エンジンの希少性は高まっていく。もはやこれは移動のための手段ではなく、精緻な機械工学が生み出す非代替的な価値をともなった資産としての性格を強めている。
ロールス・ロイスのような極めて限定された市場において、顧客は効率ではなく、他の追随を許さない過剰なまでのゆとりを求めているのだ。V12特有の静粛性、微動だにしない回転精度、そして聴覚に訴えかける響きは、あらゆる要素が電気信号に置き換わる現代において、極めて高い利益率を支える源泉となる。V12消滅の報に一抹の寂しさを感じていた市場の反応は、メーカー側が政治的な理想よりも
「富裕層の欲望」
に応える実利を選んだ結果、安堵へと変わったのである。