「脱エンジン」は早すぎた――V8・V12の咆哮再び、「BMW」「メルセデス」が理想より“官能”を選んだ理由

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2035年の内燃機関禁止を掲げてEVへ突き進んだ欧州が、わずか数年で方針を修正した。ユーロ7延期と合成燃料容認を背景に、V12・V8が生き残る。理想より収益を選んだ産業の現実を追う。

メルセデスもV8復活

AMG C63(画像:メルセデス・ベンツ)
AMG C63(画像:メルセデス・ベンツ)

 メルセデス・ベンツの動向もまた、欧州の理想主義が市場の現実に屈した実態を雄弁に物語っている。BMWやロールス・ロイスによる発表に先駆け、同社もスポーツブランドであるAMG向けの新型V8ターボエンジンの開発を継続していることが判明した。メルセデス・ベンツは近年、排気量を縮小するダウンサイジングを加速させてきたが、その急進的な方針は、ブランド価値の源泉である顧客の熱狂を冷え込ませる結果となった。

 現行モデルのAMG C63は、従来のV8を捨て、直列4気筒エンジンを心臓部に据えている。このユニットはプラグインハイブリッドシステムを付加することで、システム全体で500馬力近い出力を発揮し、数値上のスペックでは先代を圧倒する。

 しかし、このモデルは市場から失敗作との厳しい評価を突きつけられた。最高出力という数字がいかに優秀であっても、4気筒という機構そのものが大衆車としての記号性を脱却できず、プレミアムセグメントに不可欠な特別感を維持できなかったことが主な要因だ。

 直列4気筒とV8エンジンの間には、出力やトルクといった物理量だけでは埋められない、感性の領域における埋めがたい溝が存在する。特にV8エンジンが放つ重厚な響きは何ものにも代えがたく、北米をはじめとする主要市場において、それはもはや信仰に近い熱狂をともなう付加価値となっている。効率を追求したダウンサイジングは、環境保護の観点では妥当であっても、AMGのような高付加価値モデルにおいては、ブランドが積み上げてきた資産を損なう致命的な経営判断となった。

 EVシフトの煽りを受け、V12やV8といった大排気量エンジンは一時期、旧時代の遺物として忌避される風潮にあった。しかし、情勢の変化にともない、BMWやメルセデス・ベンツがこれら情緒に訴えかけるエンジンの継続に舵を切った事実は、車を愛する人々にとってこれ以上ない朗報である。欧州委員会の方針に盛り込まれた合成燃料やe-fuelの活用は、内燃機関を維持しながらも脱炭素を追求する実利的な道筋を示している。

 大排気量エンジンは、環境負荷を相殺する新燃料との組み合わせにより、次世代においても高貴な魅力を放ち続けるに違いない。

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