明治通り&昭和通りはあるのに、なぜ「大正通り」はないのか? 東京が記憶しなかった15年の時代を考える
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東京の「明治通り」「昭和通り」は歴史と都市構造の象徴だが、「大正通り」は消え「靖国通り」が定着した。大正時代の短さと靖国神社の影響、市民参加による名付けの変遷が都市の記憶政治を浮き彫りにし、名付けの動きは記憶再構築の可能性を示す。
名称に宿る都市の記憶

東京には「明治通り」と「昭和通り」がある。
明治通りは、渋谷から池袋を経て上野方面へと延びる幹線道路だ。沿道には商業施設や再開発エリアが広がり、都市の変化を象徴する存在となっている。昭和通りは、東京駅の東側を南北に貫く。日本橋、秋葉原、上野を結ぶ主要ルートであり、物流や通勤の動脈として機能してきた。
一方で、「大正通り」は存在しない。この事実は、通りの名付けが偶然ではなく、都市の構造と深く関わっていることを示している。
名称には、その時代の記憶と意味が刻まれる。残るものもあれば、消えていくものもある。時間と空間が交差するなかで、都市の名前もまた淘汰され、継承され、やがて忘れられていく。