台風10号接近! そもそも「計画運休」というアクションはいつから始まったのか? 鉄道業界の“安全革命”を振り返る
台風や豪雨などの災害時に「計画運休」が常識化するまでの背景を探る。2000年代から普及が始まり、当初の批判を乗り越えて、安全を優先する社会的な転換点となった。今では迅速な情報提供や災害対応力の向上に寄与している。
計画運休導入の波紋と評価

筆者(弘中新一、鉄道ライター)は、当時の価値観が現在とは異なっていたことが背景にあると考える。2000年代初頭はまだ、
・お客様第一の顧客至上主義
・どんな状況でも仕事に行くという労働観
が非常に強かった時代だ。1990年代以降の台風被害に関する新聞記事を調べると、そうした価値観がよくわかる。台風が来るとわかっていても会社を休むのではなく、近くのホテルに泊まり、
「問題なく出勤できるよう備える」
のが当然だった。
また、鉄道にも時刻表通りの運行が求められていたため、鉄道会社は遅延しても列車を動かし続けることが一般的だった。遅延や運休が発生すると、駅には人があふれ大混乱になるが、駅員を増員して対応するのが定番だった。
この常識が大きく変わったのは、2014(平成26)年10月にJR西日本が大規模な計画運休を実施したことが契機だった。同年10月13日、台風19号が近畿地方に接近したことを受け、JR西日本は近畿圏の在来線全路線で計画運休を実施するという画期的な判断を下した。背景には、2004年の台風16号で山陽本線の電車が立ち往生し、約1500人が最大5時間車内に閉じ込められたことや、豪雨や大雪による列車の立ち往生が頻発していたことがある。
計画運休実施後の記者会見で、当時のJR西日本社長・真鍋精志氏は
「判断は妥当だったと思う」
と発言したが、この決断に対しては批判も多かった。台風19号の風雨は予想ほど強まらず、私鉄や地下鉄は終電まで通常運行を行ったため、計画運休による影響のほうが大きかったのではないかとの声もあった。JR西日本には、約200件を超える電話が寄せられ、
「間引きや徐行でも運行してほしかった」
「一部には運行できた区間もあったのではないか」
といった苦情も多く寄せられた。