クルマ愛ゆえの辛口? 自動車評論家「徳大寺有恒」没後もうすぐ10年、モータージャーナリストの私が今でも尊敬し続けるワケ
自動車評論家の徳大寺有恒氏が2014年に亡くなってからもうすぐ10年近くがたつ。彼の評論家としての功績を改めて振り返ってみたい。
筆者のケンメリGT-R運転体験

ここでもうひとつ記しておきたいことがある。
これは徳大寺氏のことではなく、筆者自身に起きたとあるエピソードである。1990年代半ばのこと。当時、1970年代の日本車を解説する原稿において、必ずネガティブな悲しい結論となる1台があった。それは1973(昭和48)年式の日産スカイライン2000GT-R。いわゆるケンメリGT-Rである。
大成功作となったハコスカGT-Rの後継として誕生するも、オイルショックの影響とともにわずか197台で生産終了。レースでの活躍もかなわなかった1台。ボディが大きくなっていったことから、レースカーになってもハコスカほどの戦闘力はないだろうとまで酷評された。そして結論はお決まりの時代の流れに背かれた「悲劇の1台」である。
筆者はある雑誌の取材で、新車に近い状態のケンメリGT-Rの運転とインプレッションを担当することとなった。もちろんその時点で初めての経験である。ここで注意したことは、とにかく先入観のないスタンスで、ナンバー付きのこの状態のクルマのよいところを伝えようというものだった。
そして、実際に運転してみたケンメリGT-Rはエンジンのフィールもかっちりとした足回りも、クルマとして何の過不足もないものだった。むしろ個人的にはこういうクルマが欲しいとさえ感じ、ネガティブなことには触れることなくそのままの気持ちを原稿にした。