「今だけ、金だけ、自分だけ」 バブル崩壊以降の欧米型「成果主義」を克服し、日本のお家芸“人材育成”を取り戻せ
近年、「人的資本経営」が注目されているが、日本では長らく「企業は人なり」が信条だった。今こそ、日本が得意としてきた人材育成を重視する伝統を「取り戻す」チャンスだ。
果たせなかった説明責任

モビリティ業界などのメーカーを中心とする日本企業においては、伝統的には人材育成がなぜ必要か――など、
「疑問の余地もなかったもの」
が改めて問われるようになる。
人事担当者は経営者に対して人に対する「投資」を要望することは骨の折れる仕事となってしまった。採用費や教育研修費などは基本的に経費として処理されるもので短期的には利益を押し下げるのに対して、その一方で資産としては計上されず、
「財務諸表上では評価されないもの」
であるからだ。
もちろん、人事担当者側の責任もある。人材育成がなぜ経営にとって必要なのか、人的資本経営のように人に投資する経営がどのようなリターンをもたらすのか説明責任を果たせなかった。これまで当たり前過ぎたのでその必要がなかったのだ。
「可視化」を怠っていた人的資本
それが人的資本可視化指針やISO30414(人的資本情報開示のガイドライン)などで多くの企業が人的資本経営を重視する時代に世界が変化しているのは喜ばしいことである。
モビリティ業界においては、例えばメルセデス・ベンツなどは率先して人的資本について、
・教育費
・若手幹部の人数
・女性の割合
・労働事故の件数
などのさまざまな指標や期限を設けて、その情報を積極的に開示している。しばらく人材に関する費用をコストとしていた日本企業にとっては注目せざるを得ない。
しかしながら、戦後日本はいつもそうだが、日本がもともと持っていたものが“逆輸入”されて初めてその価値を再発見することが多いが、この人的資本経営などもそのように思える。
ただ、あまりに日本にとって当然過ぎて、このように「可視化」する努力を怠ったために、成果主義や株主資本主義の波にあらがえなかったではないか。