富裕層の誘致に狂乱する「観光庁」 旅の本質を忘れたなら、もはや「インバウンド産業庁」に改称すべきだ
「旅」「観光」の大切な要素、欠如

前述した大きな2つの問題点の第一は、富裕層向け観光地を日本に創出することの是非である。言い換えれば、そうした観光地が多く出現することが、日本人の精神的風土に適しているか否かである。
確かに日本には、国際レベルの大富豪を迎えるようなラグジュアリー施設がほとんどない。五つ星ホテルの情報サイトとして有名な「Five Star Alliance」に登録されている五つ星ホテルの数も、日本が35軒なのに対し、同じアジアのインドネシアには約70軒、タイには約140軒もある。両国では外国人向けリゾートホテルが大半である。
観光庁では、日本に極めて不足しているものとして、高付加価値旅行者のニーズを満たす滞在価値(観光庁は「ウリ」と呼称)、上質かつ地域のストーリーを感じられる宿泊施設(同「ヤド」)、質の高いサービスを提供するガイド・ホスピタリティ人材(同「ヒト」)、売り込みネットワーク等(同「ウリ」)を挙げている。
こうした富裕層向け観光地としてすぐに思い浮かぶのが、インドネシアのバリ島などのリゾート地である。富裕層はラグジュアリーホテルからほとんど出ることなく、その土地の料理を堪能し、ホテルでのアクティビティーを楽しむ。街に出る時はガイド同行で、特別な場所で特別な人に会えるなどする。
観光庁が具体的に示す日本の例でいえば、今人気の酒蔵ツーリズムにおいて、プライベートスタイルで杜氏(とうじ)の案内のもと、酒造りを見学するといった類いである。ただしこうしたVIP旅行では、地元民や庶民の旅行者と交わることはほとんどない。
ここで少し青くさいことを言わせてもらえば、「旅」とは何かを思い出してほしい。昔から「かわいい子には旅をさせよ」「旅は道連れ世は情け」などといわれてきた。旅とは、その土地を見ると共に、そこで出会う旅行者や地元の人との触れ合いである。
「観光」とは何か。先日も筆者が住む東京都国分寺市の元市長が、講演で、国分寺市の観光的要素を語る際、「観光とは光を観(み)るであり、その土地の良さ、人との温かい触れ合いという光を見ることだ」と語っていた。
観光庁の「高付加価値旅行者の誘致」には、旅行者をあたかも物のように表現する「価値」という言葉が示すように、人との触れ合い、すなわち「旅」とか「観光」といった大切な要素が欠如している。
これでは「観光庁」という言葉は返上して、「インバウンド産業庁」と名乗ってもらいたい。
インバウンド産業に誇りをもって従事されている皆さんには失礼をおわびするが、例えばこれも、訪日外国人をメインターゲットにしたカジノの誘致問題にあてはめてみると分かりやすい。カジノをするために訪日することを「観光」と呼ぶのに違和感を抱く人も多いと思う。だがこれを「インバウンド産業」と呼べば、違和感は薄れる。なおカジノ誘致の是非についてはまた別問題であり、ここでは割愛する。