ロータリーエンジンは「マツダ」だけじゃなかった! とある独メーカーが社運を賭けた「奇跡の1台」とは

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マツダの代名詞的存在だった「ロータリー・エンジン」。その誕生の歴史は、昭和30年代までさかのぼる。

社運を賭けた1台「Ro80」の誕生

 NSUによる最初の市販車は、1964(昭和39)年に発売されたヴァンケル・スパイダーだった。このモデルは、既存のクーペモデルだったスポルト・プリンツをベースにカブリオボディに変更し、シングルローターエンジンを搭載したもの。

 正直なところ「世界初」の実績を得るために急きょ仕立てたレベルの1台であり、その完成度には多くの問題があった。

 特にエンジンの完成度の低さは深刻であり、完調であれば極めて優れた走行性能を見せた一方で、完調が長続きすることはなく、オイル漏れやローター頂点のシール(アペックスシール)の破損、燃焼室内の傷(チャターマーク)などのトラブルに見舞われ、メーカーはその対策に忙殺されることとなった。

 ヴァンケル・スパイダーの生産は2年足らずで終了し、続いて1967(昭和42)年から市販されることとなったのが今回紹介する「Ro80」である。

 既存車のモディファイだったヴァンケル・スパイダーに対して、Ro80は新設計の4ドアセダンボディに同じく新設計の2ローターエンジンを搭載したFF(フロントエンジン・フロントドライブ)というもの。

 従来はベーシックな小型車をメインにリリースしていたNSUとしては、初めてとも言えるアッパーミドルクラスの中型セダンであり、ある意味社運を賭けた1台でもあった。

 ロングホイールベースボディに、空力に留意し前後を絞り込んだエクステリアデザインもまた極めて先進的なディテール。セミオートマチックトランスミッションに4輪独立懸架サスペンション、4輪ディスクブレーキでフロントはインボード。

 単にスペック上の先進性だけではなく、見事1968年度のヨーロッパ・カーオブザイヤーを受賞したことからも、その存在が大きく注目されていたことがよく分かる。

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