「脱炭素の正義」はどこへ消えたのか?──EVバッテリー鉱物9倍需要と人権崩壊の現場とは
掲げた方針と実態の大きな乖離

調査対象となった自動車メーカーの多くは人権方針を掲げてはいるが、実行されている証拠は十分とはいえない。どの鉱山で採り、どこで精錬したのかという情報のほか、リスクへの対処方法やその結果の開示が不足しているからだ。自社のサプライチェーンをきちんと管理できていると示せない現状は、ブランド価値を傷つけることになりかねない。
消費者の声に耳を傾ければ、EVを選ぶ最大の壁はやはり価格にある。メーカーは少しでも安く売るために安価なLFP電池の採用を進めてきた。しかし、かつて高額だった電池コストをここまで削ってきた裏側に、人権や環境をないがしろにした無理なコストカットが隠れていないか。それを説明する責任は、以前にも増して重くなっている。
三菱自動車は、AIを使って取引先のリスクを分析していると語っているが、リポートによれば具体的な管理の手順や対応の詳細は表に出ていない。こうした姿勢は投資家から経営の不透明さと見なされるだろう。また、大型トラックで約4万7000ドル(約740万円)に達するケースもある電池交換費用など、不透明な情報が買い手の不安を誘っている。製品のライフサイクル全体を見通せる仕組みが不可欠だ。
一方で、リスク管理を外部組織に任せきりにする企業も目立つ。ステランティスやフォルクスワーゲンなどは外部監査を多用しているが、その組織の中立性は説明されていない。自社でリスクを見極める力が足りないと判断された形だ。アムネスティのリポートは、メーカー自身が現場で働く人々の声に直接向き合うべきだと厳しく指摘している。
取引を打ち切る際にも、人権への配慮が必要になる。危ないからといって即座に手を引くのではなく、その決断が現地で失業などの新たな問題を生み出さないかを見極め、影響を和らげる工夫をしなければならない。だが、これについても多くのメーカーが方針を伏せているか、実行した証拠が乏しいままだ。
日本を含むEU外の企業であっても、サプライチェーンが欧州市場につながっていればCSDDDの対象となる。期限までに行政が求める水準まで管理体制を整えることは、もはや生き残るための最低条件だ。大企業がこの先も歩みを止めないためには、人権リスクの高い地域の環境を守り、人々の暮らしを支えることに長期的に取り組む姿勢が求められる。
日本政府も、企業に人権尊重を促す法律づくりを急ぐべきだろう。世界に合わせたルールを整えることは、日本企業が不必要な監査負担を負わされるのを防ぎ、国際競争力を保つ助けになる。国と企業が人権への配慮を明確に打ち出せば、買い手の意識も変わり、清らかなサプライチェーンは産業の新しい当たり前として根付いていくに違いない。