「脱炭素の正義」はどこへ消えたのか?──EVバッテリー鉱物9倍需要と人権崩壊の現場とは
不透明なサプライチェーンと構造的搾取

サプライチェーンのリスクに備える取り組みは広がったが、多くの自動車メーカーは1次サプライヤーから直接部品を買う形を変えていない。そのため、さらに上流にいる2次、3次といった業者の実態まで把握しきれないのが実情だ。こうした情報の不透明さは、大企業が利益を手にする一方で、川上の業者が置き去りにされる産業構造と重なり合っている。
EVの性能を支える電気エネルギーの変換効率は77%を超え、わずか15~20%にとどまるガソリン車を圧倒する。その主役でありコストの大部分を占めるのがバッテリーである。1kWhあたりの価格は2010年の605ユーロ(約11万円)から、2019年には100ユーロ(約1万8500円)まで下がったが、安さを競う現場では今も激しいコストの削り合いが続いている。
川下の利益に反して、2次以降の業者は十分な実りを得られず、加工産業を育てる余裕がない。結果として、付加価値の低い採掘に頼らざるを得ず、住民の追い出しや子どもたちの労働、環境汚染が常態化してきた。負の側面から目を背け続ければ、将来は重い罰金や供給停止を招き、経営そのものが立ちゆかなくなる恐れがある。
日本を見ても、サプライチェーンを監視する仕組みが追いついていない企業が目に付く。前述のリポートで低い評価を受けた日産自動車や三菱自動車は、人権を守る取り組みを経営の柱ではなく、付け足しのように捉えている節がある。三菱自動車は国際的な決まりを守るといいながら具体的な動きを開示せず、日産自動車もステークホルダーへの関わり方に具体性が欠けている。日本政府は2022年にガイドラインを作って背中を押しているが、現場はコストや手間の増大を恐れて足踏みを続けている。
メーカーが人権や環境を重んじてサプライチェーンを整えることは、不測の事態を防ぐ備えになる。それは製品の供給遅延や余計な支払いを抑えることにもつながるはずだ。しかし、自動車産業の裾野は世界60か国、6万社に関与するアウディの例に見るように、1次サプライヤーから鉱山までをひとつひとつ見守るのは簡単ではない。こうした大きな網を把握するための出費は目先の利益を削るが、将来の調達リスクを考えれば必要な先行投資といえるだろう。