「脱炭素の正義」はどこへ消えたのか?──EVバッテリー鉱物9倍需要と人権崩壊の現場とは
欧州規制の強化と地政学的対立

欧州連合(EU)は、域内で活動する企業に対し、人権や環境へのリスクをあぶり出し是正させる指令(CSDDD)を2024年7月に出した。対象は働き手が5000人を超え、年間の売り上げが15億ユーロ(約2800億円)を上回る大企業だ。2029年7月からの運用が決まっており、巨大な売り上げを持つ企業は、サプライチェーンの末端まで人権を守る仕組みを作る義務を負う。もし違反すれば、年間売上高の最大3%という重い罰金や、裁判での損害賠償を求められる恐れもある。
こうした厳しい規制の裏には、中国による圧倒的な生産規模や国からの補助金が市場バランスを崩しているという見方がある。実際に、EUは2024年10月末から中国製EVに対して追加関税をかけることを決めた。米国やカナダでも、同じ理由から中国製EVに100%の関税を課すなど対立が激しくなっている。人権管理は今や、国際競争の中で自らの正しさを証明するための欠かせない条件となった。
欧州で商売を続けるために、この動きを避けて通ることはできない。フォードは原材料調達の段階から人権基準を守るための専門チームを作り、電池の情報を記録する「バッテリーパスポート」の開発も進めている。ルールを潜り抜けるには、形ばかりの方針ではなく、確かなデータに基づいた具体的な取り組みを形にすることが全てのメーカーにとって急務である。
しかし、実態はまだ心もとない。EVサプライチェーンの透明性を調べている「Lead the Charge」の調査では、対象となった企業の3分の2が、先住民の権利を守るための方針すら持っていないことがわかった。土地の権利を重んじ、あらかじめ合意を得るという手順さえ、あやふやなまま事業が進んでいるのが現状だ。
現場で働く人々の安全も、守られているとはいい難い。世界のコバルト生産の7割を占めるコンゴ民主共和国では、流通するコバルトの約4分の1が、管理の行き届かない小さな採掘場から来ていると見られている。人々の8割近くが1日2ドル15セント(約340円)にも満たないお金で暮らしているため、15%ほどの子どもたちが学校へ行けず、手作業で危ない穴を掘り進める日々が続いている。
こうした懸念を避けるため、コバルトを全く使わないLFP電池などの技術に投資の矛先を変える動きも出てきた。広大な土地に散らばる採掘現場を2029年までにすべて把握するのは今の仕組みでは相当に難しい。メーカーが自らのサプライチェーンは正しいといい切るには、人権への配慮が欠けていないかを根本から確かめ、不透明な情報を許さない厳しい姿勢が求められている。