「能無し」「早くしろ」罵られる現場社員――年間200万件の「落とし物対応」が迫った限界、鉄道各社が“丁寧な接客”を手放して築く組織防壁
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カスハラ問題の深刻さ

2023年12月に開かれた「第5回迷惑行為に関する連絡会議」の資料を読み解くと、駅の現場がどれほど追い詰められているかが生々しく伝わってくる。2022年度の事例によれば、落とし物の問い合わせで詳しい状況を思い出せないまま「これで探せ」と一方的に迫り、さらには
「遅い、早くしろ」
「能無し」
「死ね」
といったひどい言葉を投げつける利用客が後を絶たない。こうした振る舞いは、資料に載っているもの以外にも現場で数多く起きている。
注目したいのは、こうしたハラスメントが落とし物の対応に限らず、
「鉄道業務のあらゆるところ」
で当たり前のようになっている点だ。本来の仕事を行うスタッフに対し、耳を疑うような理不尽な要求や激しい言葉が向けられている実態がある。
例えば、切符の払い戻しに対して「莫大なフォロワーがいる私のSNSに載せる」と脅したり、人身事故で映画が見られなかったからと窓口に居座り「出せない理由を正式に聞きたい。絶対に回答しろ」とチケット代を求めたりする。目的地を乗り過ごした客がタクシー代を調べるよう強いて、対応中も
「まだか」
「使えん奴やのー」
と侮辱を続け、警察が来るまでの2時間も大声を出し続けた例まである。
言葉の暴力だけではない。試運転列車の撮影を注意された高校生が「ふざけんじゃねえ」と制服の胸元につかみかかる、あるいは改札のエラーを注意された客が「土下座しろ」とすごむ。身体的な危険や人間としての誇りを踏みにじる行為が、日常的に繰り返されている。ICカードの手続きを「泥棒だ」と罵ったり、切符の確認時に
「死ね!二度と利用しない!」
と怒鳴ったり。現場はもはや、接客の努力だけで解決できる段階をとうに過ぎている。
2010年代の後半ごろまでは、こうした問題もスタッフの力不足として片付けられ、波風を立てないことが優先されてきた。しかし、働き手が減り、新しい人を集めるのが難しい今の時代に、現場の人間をただ使い潰すような環境はもう維持できない。
ひどい言葉を浴びせる客と駅員を直接向き合わせない仕組みを作る。それは組織を守り抜くための現実的な道だ。デジタルを介したやり取りは、感情のぶつかり合いを避けるための壁として役立つ。鉄道会社が新しい仕組みをためらわず取り入れ始めた裏には、現場をこれ以上の攻撃から守るという強い思いがある。