日本初の「第三セクター鉄道」、補助金が「稼ぎの2倍超え」だった――29年ぶり運賃改定の行方とは
年間7億円の赤字で29年ぶりに運賃を値上げする三陸鉄道。沿線人口減と震災被害、行政依存の構造下で163km最長路線を維持し、関連事業の収益は全体の10%にとどまる。
第三セクターにおける最長営業距離

三陸鉄道は、国鉄時代に廃止対象となっていた特定地方交通線の盛線・宮古線・久慈線を引き継ぎ、工事凍結により未開業だった区間を完成させる形で、1984(昭和59)年に南リアス線(盛~釜石)36.6kmと北リアス線(宮古~久慈)71.0kmの計107.6kmを開業した。
2019年3月にはJR山田線の釜石~宮古間が三陸鉄道に移管され、南北リアス線を含む盛~久慈駅間がひとつの路線として繋がり、「リアス線」として営業を開始した。現在の営業キロ数は163.0kmで、第三セクター鉄道としては最長となる。
三陸沿岸を結ぶ鉄道構想は明治期にまで遡る。この構想は後に「三陸縦貫鉄道構想」と呼ばれ、宮城県側では現在のJR仙石線(仙台~石巻間)が1928年に、青森・岩手側では現在のJR八戸線(八戸~久慈間)が1930年に開通した。
その後も部分的な開通が続いたが、急峻な地形と工事費の増大により、長く鉄道が分断された状態が続いていた。1984年の南北リアス線の開業は、第三セクター鉄道の開通にとどまらず、三陸沿岸で100年近く続いた縦貫鉄道構想の結実ともいえる。
三陸鉄道は、特定地方交通線を転換した事業として日本初の第三セクター鉄道でもあり、当時は全国的に注目を集めた。