欧州EVシフトは本当に「日本車潰し」だったのか?――単純な二元論では語れない、欧州政策・中国台頭・日本戦略の複雑なリアリティ
EVシフトは「日本車潰し」だったのか。EUが2035年の全面EV化を事実上修正し、中国製EVが欧州市場の2割超を占める中、その単純な見方は揺らいでいる。本稿は、欧州政策の実像と日本が見誤った制度設計の本質を検証し、次の競争軸を探る。
「日本車潰し」論の限界

「EVシフト = 日本車潰し」という見方は、感情的には理解しやすい。しかし結びつきとしては十分とはいえない。実態は、欧州が自国産業を延命させるために組み立てた制度の副作用として、日本が相対的に不利な立場に置かれたという構図に近い。
確かに、その過程で日本企業が制度面で不利な扱いを受けた局面はあった。結果として市場シェアを落とし、競争条件が歪んだと感じられる状況が生じたことも否定できない。だがそれは、「日本を狙い撃ちした」という意図の証明とは直結しない。制度の組み立ての主眼はあくまで欧州産業の延命にあり、その副作用として日本が不利益を被ったというのが実態だ。
問題は、そうした制度変化に対し、日本が有効な対抗戦略を打ち出せなかった点にある。ハイブリッドという現実的で競争力のある技術を持ちながら、それを国際標準やルール形成の次元へと押し上げる動きは弱かった。結果として、日本は制度の組み立ての主導権を失い、「被害者」として語られる立場に押し込まれていった。
重要なのは、過去の不利を糾弾することではない。問われるべきは、なぜ日本は自らの強みを“世界の前提”にできなかったのか、という点である。EVシフトは日本車を排除するための陰謀ではなく、各国が自国産業の延命を賭けて選んだ政策の帰結にすぎない。その過程で、日本が得意としていた領域を他国が放棄し、日本自身がそれを世界標準として定着させられなかったという現実がある。
この現実を直視したとき、初めて「次の競争軸をどう描くか」という建設的な議論が可能になる。日本に求められているのは被害者意識ではなく、再びルールを描く側に回る戦略である。