国内線の「機内食」はなぜ消えたのか? 予兆はバブル以前、歴史を振り返る

キーワード :
, , , ,
かつて一般的だった飛行機の機内食。しかし現在、国内線での無料提供は、大手2社の上級クラスシートにほぼ限定されている。なぜ消えたのか。

廃止のきっかけはバブル前から

飛行機(画像:写真AC)
飛行機(画像:写真AC)

 機内食提供が当たり前の状態から、廃止の方向に傾いていくのは1990年代後期のことである。ただしそれは、バブル崩壊(1991年)後の景気後退が直接的な原因ではない。

 なにしろ、1989(昭和64/平成元)年度に6000万人を突破した日本の国内線の旅客数は、バブル崩壊後も落ち込むことなく2006年度(9697万人)まで増加しているし、そもそも、きっかけとなる出来事はバブル以前に発生しているのだ。

 その出来事とは、1986年からの日本の航空輸送業における規制緩和政策(幅運賃制度)の実行だ。規制緩和を受け、航空業界への新規参入の動きが生まれ、バブル崩壊後の1998年に下記のふたつの新会社が就航を開始。ここがひとつの分岐点だった。

・スカイマーク(9月19日:羽田=福岡線で運航開始)
・AIR DO(12月20日:新千歳=羽田線で運航開始)

 新規2社は、大手と差異化を図るために割安な運賃を最大の売り物とし、徹底したコストカットを行った。従来の国内線に“あって当たり前”だったものをナシにしたのだ。

 スカイマークは当初、ドリンク、菓子の無料提供は行ったが軽食の提供は設定せず。AIR DOに至っては、飲食物の無料提供は水を希望者に配るのみにとどめ、スカイマークには存在した独自編集の機内誌も当初は用意しなかった。

 新規2社の誕生は業界に風穴を開け、以後、日本の航空業界は半ば価格競争の時代に突入していき、大手3社も料金の引き下げを余儀なくされていく。そのため、3社とも足並みをそろえるように1999年3月で普通席での軽食の提供を終わらせた。以後は、ドリンクと菓子のみとなるが、2000年頃からは菓子もカットされるのだった。

 これは、3社が機内を全面禁煙に踏み切った時期とも重なる。禁煙化は世界的な流れであり、非喫煙者の健康への配慮や快適性の維持、機内の安全性の確保などが主目的だったが、灰皿清掃の手間が減り、コストカットにつながるプラス面もあった。

上位クラスではグレードアップ化

ビジネスクラスの機内食イメージ(画像:写真AC)
ビジネスクラスの機内食イメージ(画像:写真AC)

 一方で、ANAは2004(平成16)年から「スーパーシートプレミアム」、2008年からそれを高級化させた「プレミアムクラス」、JAL(2002年に日本エアシステムと統合)は2007年から「国内線ファーストクラス」と、上位クラスシートを導入し、そこでは無料提供の機内食の充実を図るようになった。

 結果的に、この両極端な施策により、細分化、多様化が叫ばれる時代のニーズに応えるシステムが生まれた。

 機内飲食にコストをかけたくない人はかけずに済ますことがでる。何か食べたい人は空港で好きなものを買って機内で食べればいい。余裕を持ってぜいたくに空の旅を楽しみたい人は上位クラスシートを利用する手段がある。

 このように選択の幅が広がったのである。

全てのコメントを見る