なぜ目黒駅は「品川区」にあるのか? 地元の“猛反対説”は本当か

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山手線の目黒駅は目黒区ではなく品川区にある。1885年の開業以来、「住民反対で移設された」という伝説が語られてきたが、真実なのか。生糸輸出がGDPを支えた時代に下された決断はいかに。

設置の舞台裏

赤線から西が目黒区(画像:(C)Google)
赤線から西が目黒区(画像:(C)Google)

 目黒駅は当初、目黒区内に設置される予定だった。品川から目黒まで目黒川沿いに線路を敷く計画であったが、地元農民の強い反対に遭った。汽車の煙や振動が農作物に悪影響を与えると農民たちは懸念し、のぼりを立ててねじり鉢巻きで抗議した。この運動により駅は目黒川から離れた権之助坂の上(現在の品川区)に建設されることとなった。この経緯は

「目黒駅追上事件」

と呼ばれる。「追上」とは坂の上に追い上げたことを意味する。

 なぜ、目黒駅追上事件は強硬な運動になったと伝えられるのか。目黒区発行の『月刊めぐろ』連載「歴史を尋ねて」では、こう記されている。

「事件の真偽は、資料がないので定かではないが、目黒駅が権之助坂上に変更されたことで、目黒が近代化への最初のきっかけを逸したことは否定できない」

この事件は、目黒駅が品川区にある理由として、地元で長く語り継がれてきた。しかし、運動の存在を裏付ける証言も資料も一切ない。結局、この伝説は事実かどうかもわからないまま残されている。

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