軍事オタクはなぜ“戦車”に執着するのか? 「いいえ、航空機・艦船にも執着します」

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一部の軍事オタク層はP-1を「高性能」を根拠に否認を繰り返す。兵器を巡る情緒的信仰と社会的無理解が、防衛政策の健全な議論を蝕んでいる。

P-1を褒める病理

P-1(画像:海上自衛隊)
P-1(画像:海上自衛隊)

 おかげさまで「それは『戦車不要論』だ」は好評であった。軍事オタクが抱える

・抽象度の調節困難
・客観評価の拒絶

ついて納得いただいた様子であり筆者(文谷数重、軍事ライター)も欣快(きんかい。非常にうれしく気持がいいこと)とするところである。

 その記事にはX(旧ツイッター)でひとつの疑問が寄せられた。拓殖大学国際学部教授・海外事情研究所所長の佐藤丙午さんの

「軍事オタクがなぜ航空機や艦船ではなく戦車にこだわるか」

である。裏返しにすれば「なぜ、航空機や艦船には執着しないのか」という疑問だ。

 結論をいうと、表面化しないだけである。

 軍事オタクは航空機や艦船にも執着する。やはり写真を撮り模型を作る。なかには基地に模型を持ち込んで実物と写真を撮るといった病膏肓(やまいこうこう。病気が非常に重く、もはや治療の手立てがない状態)に入る例もある。

 目立たないのは現実と衝突しないためだ。日本が進める海空戦力優先と航空機・艦船の愛玩は矛盾しない。だから「『戦車不要論』だ」のように吹き上がることは少ない。

 ただ、個別の航空機や艦船への批判となると表面化する。特に国産装備では執着は顕著となる。メカの魅力だけでなくナショナリズム(健全な愛国心、もしくは差別的な排外主義)の味付けがあるからだろう。

 今ならP-1問題の指摘である。日本開発の航空機にロクなものはないが、そのなかでも札付きの欠陥機であり海自航空部隊からも怨嗟の声が出ている。

 だが、軍事オタクはその事実の否認に走る。執着が強いため批判は受容できないからだ。

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