吉祥寺で何が起きているのか? 30~40代が「3000人流出」 外国人は13%増加! それでも愛されるワケ 再浮上のカギとは?

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地価35%上昇、店舗賃料は月額100万円超も――住みたい街ランキング常連の吉祥寺が揺れている。小売の寡占化、住民層の変化、個性の喪失。人気の裏で進行する“居心地の崩壊”を、データから読み解く。

吉祥寺の歴史

吉祥寺(画像:写真AC)
吉祥寺(画像:写真AC)

 吉祥寺の起源は、1657(明暦3)年の明暦の大火に遡る。江戸本郷にあった諏訪山吉祥寺の門前町が焼失し、住民たちは武蔵野の原野に移住・開拓を始め、「吉祥寺村」と名付けた。これが現在の吉祥寺の始まりだ。江戸時代を通じて農村として発展し、玉川上水の開通により農業が可能となった。明治以降、東京府に編入され、鉄道網が整備されて都市化が進んだ。

 1923(大正12)年の関東大震災後、多くの被災者が移住し、成蹊学園の移転もあって、学生と商店が行き交う街へと変わった。戦後は都市計画に基づいて再開発が進み、1971(昭和46)年の吉祥寺大通り完成を機に商業地として急成長した。ヨドバシカメラや東急百貨店などの大型商業施設が集まり、文化・ファッションの発信地となった。さらに、前進座や音楽文化が根付いたことで「演劇と音楽の街」としても知られ、アニメ制作会社が集まるようになり「サブカルチャーの街」としても名を馳せた。

 高度成長期以降、吉祥寺では住宅地化が進み、吉祥寺駅周辺は商業地として発展した。1960年代には「吉祥寺ロンロン」が開業し、1970年代には「伊勢丹吉祥寺店」や「東京近鉄百貨店」が開業するなど、商業集積が強化された。一方で、ハモニカ横丁や中道通りには、古くからの個人商店や喫茶店、古着屋、雑貨店が並び、独特の雑多さと温かみが残されていた。

 その後も、2010年に伊勢丹跡地に「コピス吉祥寺」が開業し、2014年には「キラリナ京王吉祥寺」がオープンするなど、駅周辺の再開発が続き、商業集積が加速した。吉祥寺の特徴は、大型商業施設と下町的な商店街の共存という絶妙なバランスにある。このバランスが、吉祥寺を単なるベッドタウンや観光地にとどまらせず、「暮らせる街」「居心地のいい街」として魅力を保ち続けている。現在、吉祥寺は住環境の良さと利便性、文化的魅力を兼ね備えた街として、「住みたい街」の上位に常にランクインしている。

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