「滞在するだけ」で価値を感じられる日本の旅体験【連載】平和ボケ観光論(5)
五輪後の受け入れ文化の進化

選手村の話題に触れると、私自身の高校時代の陸上部合宿が思い起こされる。振り返れば、1964(昭和39)年の東京五輪で選手村として使われた跡地に建つ「国立オリンピック記念青少年総合センター」に宿泊した。1983年のことで、現在の施設へと建て替えられる前の貴重な時期だった。
その際、至る所に選手村としての名残を感じたが、特に強く印象に残ったのは、共同トイレの個室の仕切りの下が空いており、利用者の足が見える設計になっていた点だ。当時は欧米的な合理性を備えたデザインだと感じたが、今思えば、それは他者への高い信頼と安全性が担保された空間だからこそ成立する仕様でもあった。周囲を過度に警戒する必要のない環境は、日本人が古くから無意識に共有してきた社会的な資産といえる。
1964年の東京五輪でも、選手村の滞在環境は非常に好評だったという記録がある。日本には戦前から修学旅行や団体旅行の文化が深く根付いており、多人数を円滑に受け入れ、その移動や生活動線を最適化する能力に長けている。スポーツにおける「合宿型受け入れ」のノウハウは、他国にはない日本固有の強みであり、滞在中のストレスを最小限に抑える仕組みとして機能している。
こうした日本の受け入れ態勢への信頼は、近年の国際大会でも明確に示されている。2019年のラグビーW杯では、地域全体で選手団を迎え入れる文化が注目を集めた。また、新潟県柏崎市が海外水球チームの合宿地として定着しているほか、2018年の平昌冬季五輪や2019年の光州世界水泳に際しても、多くのチームが事前合宿地として日本の施設を選択した。アスリートたちが日本を選ぶのは、練習に専念できる設備があることはもちろん、拠点内の移動や日常生活において常に身構える必要のない、心身を解き放てる環境が整っているからに他ならない。