「右に見える競馬場、左はビール工場」 ユーミンの「中央フリーウェイ」はなぜ時代を超えて愛されるのか? 歌詞から読み解く1970年代の東京の姿とは
1976年に発表された松任谷由実の「中央フリーウェイ」は、東京西部の都市風景を背景に、ドライブの楽しさと自由を描いた名曲である。歌詞に登場する競馬場やビール工場、米軍基地跡などの場所は、社会の変化とともに新たな意味を持ち続け、今も多くの人々に愛されている。その魅力が時代を超えて支持される理由を探る。
「中央フリーウェイ」が映す移動の喜び

在日米軍調布基地(現在の調布飛行場)は、かつて「中央フリーウェイ」の舞台となる調布IC付近に存在した。1945(昭和20)年の終戦直後から1974年まで米軍に接収されていたこの基地は、その後返還され「調布飛行場」となり、現在では小型機の発着場として活用されている。
この地域は、戦後日本の復興とともに大きな変化を遂げた場所だった。米軍基地として機能していた期間、一般市民の立ち入りは制限され、その場所は
「日本の土地でありながら、日本ではない場所」
ともいえる異質な空間だった。しかし、1974年に全面返還された後、日本の航空産業の一部として再編され、都市の一部として取り込まれることとなった。ちょうど1976年に「中央フリーウェイ」が発表された時期は、この変化が進行していた時期でもある。
このように、「中央フリーウェイ」は単なるドライブソングではなく、都市構造の変化を背景に生まれた楽曲である。「中央フリーウェイ」が今なお多くの人に愛される理由は、単なるノスタルジーにとどまらない。まず第一に、この曲は
「移動することの楽しさ」
をシンプルに伝えている。車を走らせ、窓の外の風景が流れていくという感覚は、時代を超えて変わることがない。
第二に、歌詞に描かれた風景が、単なる「過去の景色」ではなく、現在も存在している点が重要である。府中の競馬場、サントリーのビール工場、調布飛行場は今もその場所にあり、形を変えながらも機能し続けている。
第三に、「中央フリーウェイ」が持つ都会的な洗練さと、郊外へ向かう開放感が、多くの人の心に響く。都市のエネルギーと、それを抜け出す爽快感。このバランスが見事に表現されているからこそ、この曲は時代を超えて愛され続けている。