空港のグランドスタッフはなぜ低賃金? 重労働でも「年収250万~300万」という現実! CAとの待遇格差が日本観光業に及ぼす深刻な影響とは

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日本の航空業界を支えるグランドスタッフの平均年収は約434万円(実際は250万円から300万円とされる)。これはキャビンアテンダントより大幅に低い水準だ。雇用形態の違いや労働組合の影響、さらには「見える仕事」と「見えない仕事」の評価格差が、この待遇差を生んでいる。人手不足が深刻化するなか、この賃金格差は是正されるべきなのか。航空業界の安定運営、ひいては観光立国・日本の競争力に与える影響を考察する。

改善に向けた提案

飛行機(画像:写真AC)
飛行機(画像:写真AC)

 キャビンアテンダントとグランドスタッフには雇用形態や評価に違いが見られるが、それでもグランドスタッフの待遇向上は欠かせないと筆者(前林広樹、航空ライター)は考えている。理由は次の五点だ。

1.旅客体験の質を向上させるため
2.労働環境の平等性を実現するため
3.離職率の低下によるコスト削減
4.航空機の安全性の確保
5.増便の実現

それぞれについて解説しよう。

 旅客体験の質を向上させるためには、空港での旅客対応が重要だ。これは、航空機内と同様に航空会社の印象を大きく左右するポイントである。例えば、格安航空会社(LCC)ではなくフルサービスの航空会社において、万が一機材トラブルなどで遅延が発生し、目的地までのバスや乗り継ぎ便に間に合わない場合、グランドスタッフが一切対応できず、保証もないまま乗客が泣き寝入りするような事態になれば、その乗客は二度とその航空会社を利用しないだろう。特に日本のように国内で代替手段が多い国では、飛行機そのものを使わなくなるかもしれない。

 しかし、グランドスタッフが低賃金で過酷な環境に置かれると、モチベーションが低下し、接客の質も低下する恐れがある。さらに、人手不足が進むと、上級会員向けのラウンジサービスなどの一部を中止せざるを得なくなるだろう。その結果、会社や空港全体で客離れが進み、業績にも影響を与えることになる。

 次に、労働環境の平等性を実現することが重要だ。グランドスタッフとキャビンアテンダントは、それぞれ異なる宣伝効果があるものの、どちらも航空業界で働き、空港と飛行機の中で互いに依存する役割を持っている。そのため、どちらか一方が欠ければ飛行機を安全に、時間通りに運航することはできない。

 このような状況で待遇に大きな格差があっては不公平だと感じられても仕方がない。結果として、グランドスタッフとキャビンアテンダントの間で対立が生じ、情報共有がうまくいかない可能性もある。それが安全運航に影響を与えるリスクもあるので、グランドスタッフの待遇を改善することが業界全体の労働環境の平等性を高めるために必要だといえる。

 また、離職率の低下によるコスト削減も重要な課題だ。特にコロナ禍で非正規職員を中心に多くの人々が職を失い、その影響で業界や雇用形態が不安定になり、コロナ後も地上業務に人が戻らない状況が続いている。

 例えば、都市部(成田・羽田・中部・関西)の旅客ハンドリング部門の人員は、2019年3月には約9400人いたが、2023年4月には約7500人に減少し、2024年4月でも約8200人とコロナ前の水準に回復していない。このため、多くの人員が必要となり、採用や研修にかかるコストは非常に大きい。

 さらに、グランドスタッフは転職を希望する人のペルソナとしても描かれやすく、流出しやすい存在だ。実際、ネット検索をかけると

「グランドスタッフ やめたほうがいい」
「グランドスタッフ 辞めたい」

といったキーワードが検索候補に挙がり、転職サイトに誘導するメディアサイトが多数存在している。このため、待遇や職場環境の改善によって人材の定着率を向上させることは急務だといえる。

 国土交通省が2024年4月3日に発表した「空港業務における現状と取組状況」によれば、空港業務に関わるスタッフの給与水準は前年度と比較して20%改善されたと報告されている。しかし、グランドスタッフの平均年収は約434万円であり、同じく人員不足が指摘される建設業(約466万円)や大型トラック運送業(約477万円)よりも低い。この業種に比べて若いスタッフが多いという事情はあるが、改善の余地はまだまだ大きい。

 さらに、航空機の安全性を確保するためには空港スタッフの人数が大きく関わる。2024年12月29日に発生した務安国際空港でのチェジュ航空2216便の事故では、スタッフ不足が影響を及ぼしている。この事故では、エンジンに渡り鳥が入ったバードストライクが原因のひとつとされているが、空港側は鳥を追い払うためのスタッフを雇い対策を行っていた。しかし、同空港は赤字に悩まされていたため、鳥類退治のスタッフが本来4人必要なところ、事故当日にはひとりしかいなかったことが明らかになり、このスタッフ不足が事故の遠因だという批判が上がっている。

 日本の空港もスタッフ不足に悩んでいるため、他人事ではない。安全運航を確保するためにも、グランドスタッフは空港や航空機の安全に関わる重要な職務を担っているという認識を持ち、不足しないようにすることが必要だ。

 最後に、増便や新規就航の実現にはグランドスタッフの人員が不可欠だ。コロナ禍以降、円安の影響で日本を訪れるインバウンドは急増し、増便や新規就航、路線再開を望む声が多く上がっている。しかし、グランドスタッフ不足のため、これらの要望に応じられない状況になっている。

 例えば、成田空港では地上職員不足により、2024年3月時点で同年10月までの夏ダイヤにおいて海外航空会社が希望する新規就航を受け入れる見通しが立っていないことがわかった。また、燃料不足も相まって多くの路線が運休となり、対策本部の新設が必要な状況に陥っている。

 地方空港でも、スキーシーズンに運行されるカンタス航空の札幌~シドニー線が新千歳空港の人員不足や燃料不足のために2024年から2025年にかけての運航を断念するなど、悪影響が広がっている。航空路線が増えない状態では、円安による観光需要の増加を生かしきれなくなる。観光業が成長の鍵を握る今日の日本においては、グランドスタッフの待遇改善による人員不足解消は航空業界の問題にとどまらず、国全体の経済成長に大きな影響を与える課題として真剣に取り組むべきだろう。

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